友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

井戸と手押しポンプ

2014年11月06日 19時02分15秒 | Weblog

 家にいると鼻水が止まらないのに、外に出るとピタリと止まるの。家の中の埃のせいなのかと思ってしまうけれど、どうやら外の空気が私の身体に緊張感を与えてくれるようだ。8年前に取り付けた手押しポンプの具合が悪いというので、午前中出かけていった。手押しポンプの台座は先輩たちが苦労して据付けた木製で、少々ガタついていたが腐ってはいない。ピストンを新しいものに換えてみたが、汲み上げてこない。ポンプを分解してみると台座の鋳物が割れている。

 パッキンはまだ使えそうなのに、台座が割れてその役割を果たせないようだ。取り替えることを約束したけれど、やはり木製の台座がよくないのだろうかと思い、ポンプの製造元と相談することにする。そんなこんなで結局午前中が潰れてしまった。お昼になる直前に、知多半島の人から電話が入る。先日、現場を見せてもらった家の女性だ。1メートル四方の古い井戸があり、そこに手押しポンプを取り付けて欲しいとう要請だった。

 ポンプを設置することは出来るけれど、井戸の覆いをどうするかが問題である。古い味噌屋さんというだけあって、白壁の土蔵もあり、そんな古風な家にふさわしい井戸にしてあげたい。幸い今日の電話では、家を建てた建築屋さんが覆いの相談にものってくれているようなので、「建築屋さんの意見を参考にしていただき、私たちも一緒に考えさせてもらいます」と返事をする。昔の井戸端のような形になったいいなと思う。

 市の児童公園に手押しポンプを設置したが、鉄分が多いのでポンプの周りは抹茶色になっている。若いお母さんたちは水道水しか知らないから、「こんな水で子どもが遊んでいたら病気になるのでは?」と心配し、市の担当者から以後の注文が途絶えてしまった。汲み上げた水は透明できれいだが、水に含まれている鉄分が空気中の酸素と結合して酸化鉄となり、周りを茶色く染めてしまうのだ。

 私たちの子どもの頃は、砂や木炭などを敷き詰めた桶や箱に水を落としてろ過していた。あるいは砂が多ければ出口に木綿の袋をつけた。そんな水を「うまい!」と言って飲んでいた。それでもみんな元気に生きているし、アレルギーにならないのはそうしたある種の雑菌が体内に存在しているからだという説もある。必ずしも完全な無菌状態が健康の秘訣ではないのだが、そんなことは若い人たちには通用しない。

コメント
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