『ピカソになれない私たち』(一色さゆり 幻冬舎文庫)を読んで、遠くなった昔を思い出した。高校生の時に両親が相次いで亡くなり、大学に行くことはもう無いと私は思った。なのに、3年の3学期になって、国立なら授業料はかからないと聞いて美術科を受験した。
石膏デッサンをやったことがなかったが、入試まで毎日描いた。入試会場で隣の人たちの作品を見て、まあまあだなと思った。合格できたけれど、何を専攻すればよいのかよく分からないままデザインコースに進み、4年の時は指導教官の勧めで5月から12月まで東京で働いた。
帰郷して教員採用試験は受けた。周りを見ても私の作品はまあまあだと思った。1月に再び戻り、卒業の為にシュールリアリズムをテーマに論文を書き、作品を6枚描いた。県立高校のデザイン科の教員に任命された。科長の先生に、「私はどうして採用されたのですか?」と聞いた。
「あなたの卒展の作品を見せてもらいました」と言われ、技能も作品の狙いも悪くなかったと確信した。デザイン科の教員だったが、家では油絵を描いていた。いつか家を建てることがあったら一室をアトリエにして、世間に問うような現代を捉えた作品を創ろうと思い描いていた。
大学の時も凄く絵のうまい人がいた。彼女は東京芸大の大学院に進んだ。もうひとり、絵もうまいし発想も素晴らしい人がいたが、中学校の教員となり、今は陶芸に勤しんでいると聞いた。同じ学年でも、作家として活動していた人がいたが、今はどうしているのだろう。
名を遺す画家は僅かでしかない。絵描きは皆、頂点を目指すけれど、なかなか報われない。『ピカソになれない私たち』は東京芸大の森本ゼミの4人の学生の物語だが、最後になんとか「自分の絵」に辿り着く。頂点に立てなくても、それでいいのではないかと著者は言っているようだ。
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