物部の森

日常感じたこと、趣味のこと、仕事のこと・・・等々
日記風に書いてます。

子供たちのサッカー大会

2009年06月21日 | Weblog
 土曜日は子供たちの通うサッカースクール主催のミニ大会。場所は堺の金岡公園陸上競技場にて。
 小学校6年生~幼稚園まで、それぞれの階層ごとに予選総当り→決勝トーナメント方式で戦う。われらが桃ヶ池チームは、5年・4年・3年・2年・キッズ(1年+幼稚園)と5チームがエントリー。
 長男所属の5年生チームは、PK戦など紙一重の試合を何とか乗り切り決勝戦進出。決勝の相手チームは長髪や金髪(茶ではなく金)の子がいたり、かなり見た目がイカツい。「あの子らかなり乱暴やんねんで」うちのチームのお母さんたちがうわさしている。確かに試合中もラフプレーが多い。ボールを取りに行くときに足が当たった(蹴りを入れられた?)Y君はレガースをしてたにもかかわらずひどい内出血。長男は至近距離から蹴ってきたボールが顔面に命中し、その場に倒れこむ(すぐに復活したが)。そんなこともありながらも最後はスコアレスドローで、その後PK戦を制し見事優勝。PK最後のキッカーは足を痛めたY君だった。彼は試合後病院へ、文字どおり傷だらけの勝利だ。表彰式をみながら心の中で叫ぶ(漫画かぁ!?)
 一方の二男はメンバーが足りない4年生チームになぜか入れられる。二学年上のお兄ちゃんたちとだとほとんど活躍の場がなく、チームも予選敗退。いつものように完全に拗ねる(^_^;)
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臓器移植法改正

2009年06月21日 | Weblog
 十数年前、現行の臓器移植法や脳死についての議論が世間で盛んになされていた頃、旧友で医者のM君は一緒に飲みながら“反対派”としてこう述べていた。「脳死の患者をみててもそれが死んでいるとは全く思えん。仮に自分の親が脳死状態で意識は全くないが、心臓は動いてて呼吸もしてる、その時に『もうこれは死んでる状態なんです』ということで生命維持装置を外せるか!?俺は外されへん!」確かにその通りだと思った。
 現在私にも二人の子供がいる。彼のその時の言葉、「自分の親が」の部分を「自分の子供が」と置き換えると余計にそう思う。
 ところがもう一つ視点を変えて、仮に自分の子供が臓器移植の必要な病気で、現行法の下では必要な臓器の提供がなされない、という立場だとすると、主張は一転する。
 所詮この問題について、客観的かつ絶対的な判断基準など設けるのは困難(不可能)であり、詰まるところ、自身を取り巻く環境や置かれている立場が「モノサシ」となるのである。事実、メディアで扱われる専門家のコメントは、どれもこれも空虚で説得力を感じず、「脳死状態の子供を持つ親」、あるいは「臓器移植がかなわず子供を亡くしてしまった親」の意見の方がはるかにリアリティを持つ。
 そもそも人の死を規定するのに、A案やらD案やら複数オプションが存在すること自体、奇異な感じがする。
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