リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

ストラディバリウス負けた!?

2017年05月09日 11時28分44秒 | 音楽系
よくやる実験ですけど、ストラディバリウスはホントにいい音がなるのかってやつです。

ストラディバリウス負けた

現代製の楽器とストラディバリウスとの対決では、現代楽器の勝ちということのようです。アメリカの科学アカデミー紀要に論文が掲載されるということなので充分なエビデンスがあるということでしょう。

私の経験からすると(ヴァイオリンでの経験はありませんが)、当然の結果だという感じがします。でも私が「そんなの当然じゃん」といくら言っても現代社会は目に見えるものとか数字で表された物しか信用しませんから、全く信用されません。それにそもそも私自身が信用されていないということもありますし。(笑)

ここで現代のいわゆる「ストラディバリウス」のヴァイオリンというのはどういう楽器か確認してみましょう。

1)アントニオ・ストラディバリウス(1644-1737)という製作家が作った楽器

2)作った時代がバロック音楽の時代なので、彼が作った楽器は今で言うバロック・ヴァオイリンである

3)「ストラディバリウス」は製作されてから300年近く経過しているので、彼が作ったときのままでは演奏が不可能

4)接着に使う膠は300年はおろか30年でも劣化するので、いくつかの部分はバラして再接着されている

5)ヴァイオリンはリュートと較べれば遙かに厚い板を使っているが、それでもあちこちにひび割れ、下手したら虫食いがあるかも

6)従って板の補修(割れに細いくさびを入れたり、裏から裏打ちの板や布を張るなどの)がなされている

7)塗装も傷んでいるので補修が行われている

8)製作当時は張力の緩いガット弦を張っていたが、現代の高いピッチのハイテンション弦(ガットではなくてスチール弦)に耐えられるよう、構造的な補強が行われている

9)構造的な補強としては、魂柱やバスバーを太くしたり、ネックの角度を変えたり、ネックそのものを新しいものすげ替えたりする

ということで現代のウン億円ストラディバリウスは、板の補修補強されまくりで、場合によってはある部分がごっそりと新しい板になっていたり、ネックは新品、ペグも新品、構造もオリジナルと較べるとかなり改造されているという楽器です。それに対して現代の楽器は上の確認事項では1)の○○という製作家が作ったというところのみで、もともと現代のピッチ、弦用に作られ、板も塗装も接着剤も傷んでいない楽器です。要するにこれだけ現代のストラディバリウスにハンディがあれば、現代に作られた最上の楽器にかなうわけがないのです。

いくら当時はすばらしい音がなっていたとしても、これだけいじられてしまってはもはや彼が作り上げたバランスは総崩れにです。もし彼が作って間もない頃に、現代の弦やピッチに耐えられる改造を行ったのあればまだ行けるかもしれません。でもこれにしても彼の意図したところからは離れてしまいます。楽器というのはとても微妙なバランスでなりたっているものなのです。

ストラディバリウスは絶対他の人にはまねができない塗装がほどこされているとか、楽器の構造は神秘と言えるほどの技術があり誰にも真似ができない、ゆえに現代においてもいまだ彼の楽器に匹敵するものは作り得ない、このような考え方は一種の信仰なのでしょう。実際に行われているさまざまな改造、補修は、彼がかつて施した塗装や製作上のバランスを大きく崩してしまい、楽器の価値を損なっているのですから。あるいはストラディバリウスで一儲けをたくらんでいる人もいるかも知れません。信者の人もカネの亡者の方も、「不都合な真実」が広まると困るわけです。でもどちらでもない人は、冒頭の科学アカデミーの論文を読んでみて、エビデンスを検討してみるのも面白いかも知れません。


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3 コメント

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Unknown (やまねこ)
2017-05-09 20:57:14
いやあ、パリ大での実験結果が新聞でも記載されていました。どうやら現代人は、「名前」でプラシーボ効果に落ち入ってしまったようですね。
これだけ客観的にも聴覚上、その比較の結果から得られたのでは、もはや、この楽器のために数億円も価値を見出す必要があるのか、世界の演奏家、コレクターも考えねばいけないのではと感じます。
でもまあ、熱心なコレクターや、この楽器「命」の方々は、そう簡単には納得しないでしょうね。
たった3丁かそこらの比較では。
全世界に残存している全ストラドを実験に供してやれば別でしょうが、簡単には認めない(認めたくない)のが本音でしょう。
それこそ数億のために家財、財産を売り払い、自分の演奏活動で借金を返している人も相当にいると思いますし、財団から借りている人も、相当な経費を払っているでしょう。
この世界の趣味嗜好というものは、余人には理解不能です。投資物件としか見ない人もいるし、そういう人にとっても、この実験結果には反論もあるでしょうし、面白くないでしょうねえ。

そういえば、日本の誇るS先生のご所有のオリジナルリュートは、修復にも相当な念の入りようで、私も実際に聴きに行きましたが、オリジナリティを損なわない修復こそ本当の活かし方だと思いました。

現代演奏に適するような大音量向けの現代的改造は、改悪以外の何物でもないと思います。
現代のような大ホール向きなら、現代の制作家がそのように製作した楽器を使用するのが良いと感じますし、バロック時代のバイオリンは、静かに、その当時の「常識」の範囲内でサロン程度で演奏するのが良いのではとも思うのです。
いろいろな意見、主張もあり、断定はできませんが、当時のオリジナルの修復も慎重にあらねばならないですし、その演奏の場、適した舞台、いかにあるべきか、
演奏家もオリジナルを所有するのであれば、当然に考えていただきたいし、それが人類の文化遺産を次代に継承するべき者の務めだと思うのです。
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re (nakagawa)
2017-05-09 22:07:18
現代のヴァイオリンのE線(1弦)はスチール製で張力は8キロから10キロくらいあります。4本分の張力合計ですと40キロ前後になります。

現代のヴァイオリンは(バロック・ヴァイオリンと較べて)より角度がきつく長めのネックとより高い駒で弦の張力を受け止めています。ヴァイオリンの駒はリュートとは異なり弦の張力からくる圧力をそのまま表面板に伝えます。よってより太い魂柱で表面板をしたから支えてやらないと表面板が割れてしまいます。バスバー(力木)も厚く高いものにして表面板を強固にします。

現代のストラディバリウスは、古くなった箇所の修復だけでなく、上記の改造をうけています。そうしないと楽器が壊れてしまうからです。バロック時代のヴァイオリンのE線は恐らく張力的に4キロ台前半、強くても5キロ弱だったでしょう。(直径0.48ミリくらいのガット弦です)そのくらいでないとG線の選択肢がなくなってしまいます。ストラディバリウスはそういう弦できれいになるべく楽器を設計、製作しているのです。

そもそも魂柱やバスバーは弦楽器の命です。それらを変えてしまっては、もはやストラディバリウスが意図した楽器ではないことは明らかです。最初から現代の製作家が一貫した考えで作られた楽器(もちろん極上の楽器の場合ですが)にかなわないのは当然です。

私は現代のストラディバリウスはすべてオリジナルの構造に戻すべきだと考えています。今のように大改造して高張力の弦をはれば、どんどん楽器が消耗してしまいます。もう表面板が使える時期はそう長くはないでしょう。少しでも長くいい音で使うには、構造は当時のものに戻し、必要な修復を行い、適切な弦と弓で演奏すべきでしょう。

バロック時代に作られ現存しているヴァイオリンを世界遺産に指定し、当時の構造を保ったままの修復を義務付ける。それを演奏で使う場合は低張力のガット弦とバロックボーを使って演奏することも義務付ける。こんなの無理でしょうかねぇ?(笑)

ストラディバリウスでカネもうけをたくらんでいる人は大反対かも。でもここに案外ビジネスチャンスが生まれるかも知れませんよ。
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Unknown (やまねこ)
2017-05-10 11:03:33
強く同感です。
本当にそう思います。

ある書物によれば、木材の強度は、伐採加工されてからどんどん伸びていくそうで、それが凡そ250年ほどで、その後は、横ばい下降で最後は伐採時くらいに、つまり総じて寿命は500年ほどだというんですね。
今のストラドはちょうど300年くらいだとすれば、強度のピークは過ぎていますから、やはりオリジナル当時の状況に戻すべきでしょう。
膠の劣化はもっと早いですから、そこでまず修復要ですが。

条約でも何でもいいですから、規制化して表面板に、しかるべき張力状態に維持させるべき再修復をして保存を図っていくべきだと思います。

現実は・・・・、無理でしょうかねえ(笑)
やはり投資対象にもなってますから、容易でないです。
人間の欲と業というものは、計りえないものですし、
お金というものが、貴重な文化遺産をダメにしてしまってる現状は残念です。
ですが、せめて心あるコレクター、愛好家、演奏家の謙虚で前向きな姿勢に期待をしましょう。
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