今日の金沢は晴天。研究会が午後からだったため、午前中は行きたかった二つの博物館である金沢蓄音機館と金沢21世紀美術館に出かける。どちらもユニークな博物館だが、蓄音機館は他には例を見ない博物館である。1階から3階まで蓄音機だらけ。しかも一日に数回、解説付でさまざまな蓄音機でSPレコードの音を聞かせてくれる。
私も午前中に行われた解説と実際の音を聞く。実はこの解説付実演は、お情け程度にレコードを聴かすというものではない。なんと40分近くも詳細な解説が行われるのである。そしてこれがなんともいい味を出している。解説はルーティンで、しかも決められた内容であろうにもかかわらず、「仕事ですから」のような割り切った態度を感じさせないのである。とにかく解説者自身が蓄音機の音を心から愛しているというのがしみじみと伝わる。だからこそ、その熱い情熱のようなものが聞き手にも伝わる。
面白い解説、引き込まれる話が、話しをする本人のテーマに対する距離や情熱とこれほどまでに関係していることを改めて感じる。そしてそれを自分に当てはめて考えてみる。大学の授業の内容のすべてのテーマと自分との距離はすべて等距離ではないし、正直なところ嗜好の距離も違う。その距離をなんとか埋めようと努力する。しかしうまくいかない。学生の表情を見ればそれは明らかだ。経験がそうした穴を埋めてくれるのか、あるいは自分の努力が足りないのか・・・。
解説の最後に、大きな蓄音機、ビクター社ビクトローラ・クレデンザ(1925)からリムスキー=コルサコフの《交響組曲シエラザード》が流れた。その途端に自分のことが、あまりにもちっぽけなことのように思えてきた。SPレコードの「遠く」から聞こえる音楽が、金沢での幸せな時間を私にプレゼントしてくれる。
私も午前中に行われた解説と実際の音を聞く。実はこの解説付実演は、お情け程度にレコードを聴かすというものではない。なんと40分近くも詳細な解説が行われるのである。そしてこれがなんともいい味を出している。解説はルーティンで、しかも決められた内容であろうにもかかわらず、「仕事ですから」のような割り切った態度を感じさせないのである。とにかく解説者自身が蓄音機の音を心から愛しているというのがしみじみと伝わる。だからこそ、その熱い情熱のようなものが聞き手にも伝わる。
面白い解説、引き込まれる話が、話しをする本人のテーマに対する距離や情熱とこれほどまでに関係していることを改めて感じる。そしてそれを自分に当てはめて考えてみる。大学の授業の内容のすべてのテーマと自分との距離はすべて等距離ではないし、正直なところ嗜好の距離も違う。その距離をなんとか埋めようと努力する。しかしうまくいかない。学生の表情を見ればそれは明らかだ。経験がそうした穴を埋めてくれるのか、あるいは自分の努力が足りないのか・・・。
解説の最後に、大きな蓄音機、ビクター社ビクトローラ・クレデンザ(1925)からリムスキー=コルサコフの《交響組曲シエラザード》が流れた。その途端に自分のことが、あまりにもちっぽけなことのように思えてきた。SPレコードの「遠く」から聞こえる音楽が、金沢での幸せな時間を私にプレゼントしてくれる。