Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

みーの日向ぼっこ

2011年05月31日 | 家・わたくしごと
 「みー」はうちの飼い猫ではありません。たまにマンションに遊びに来るおとなしいオス猫です。たぶんかつてはどこかの飼い猫だったのでしょう。人が大好きです。でも、ちょっと前に三階から落ちて、足を怪我してしまいました。だから、今、「みー」の日々の日課、遠出ができなくなってしまいました。
 「みー」は朝から、わが家の玄関で日向ぼっこです。この前のブログではハトでしたが、今度は猫の「みー」。足を怪我しているので、両足を伸ばして人間みたいにして座っているのですが、個人(猫)情報の関係で顔を映せないので、後ろからです。蘭の花といっしょに朝日の中でまどろむなんて贅沢な「みー」。
 「みー」はこの後、マンションの一階の庭に下りて、日陰を移動しながらそこでひがな1日を送ります。早く足がよくなって、コンビニの前でお座りをしながら、ご飯のおねだりができるようにならないとね。ここは「みー」のおうちじゃないんだもの。
 

数値で実証する面白さ

2011年05月30日 | 大学
 いつの頃からか記憶がないのだが、数学が苦手になった。高校では高三まで数学を勉強したのだが、最後の方はもう何をやっているのか理解不能だった記憶がある。そのせいだろうか、音楽学を勉強するようになってからも、周波数だとかセント値計算とか、とにかく数字が登場するものから逃げてきた。
 しかし、どんなに逃避したってやらなくてはならないのである(だいたい教員なんだから、学生に説明をしなくちゃならない)。50歳の手前になって、もうそうした現実から逃げられなくなり(よくここまで逃げ続けたと思う)、とうとう先週の土曜日、音響建築のプロフェッショナルで東京から来てくれたS教授の指導を受けることになったのだった。
 S教授は当初、私の「アホさ加減」に半ばショックを受けたであろうが、それでもあきらめずに、手を変え品を変えながら同じことを繰り返し教えてくれたおかげで、「理解」が近づいたのである。ある意味、もうちょっとで目から鱗が…って感じである。レコーダーをパソコンに接続し、ガムランの周波数を計測できるようになったし、「なんでゴングの音がうなるか」ということまで、計測した周波数の波形をもとに、実証的に説明ができるようになった。そして、数値やグラフによって実証することの面白さをちょっぴり学んだ。この歳になっても、新しいことを学ぶのは楽しいものである。

台風が過ぎると

2011年05月29日 | 那覇、沖縄
 朝起きると台風はすっかり通過し、風もやんで静かな朝になっていました。わが家はハイビスカスの鉢が倒れただけで、大きな被害はなかったのですが、裏の中学校では、倉庫代わりのプレハブの大きなトタン屋根が、それごと吹っ飛んでいたし、校庭の木が倒れて悲惨なことになっていました。街では、信号機や看板の支柱が曲がっていたり、道路にどこからか折れて飛んできたテレビのアンテナが落ちていたり。台風一過の状況としては、このところなかった状況だったかもしれません。
 もう一つ、気がついたことはガソリンスタンドに並ぶ長い列。さきほどバスに乗って帰ってきたのですが、どのガソリンスタンドも十数台の車が列をなしているのです。この車、給油待ちではなく洗車待ち。沖縄の台風の雨風は、海水を運んでくるので、普通の水と違って、車がべとべとするというか、ゴミがこびりつくというか、とにかく東京の台風とは違って車の洗車をしないとサビついてしまうのです。
 昨晩、那覇のホテルで台風を経験した友人は、「スリリングな体験をした」そうです。ホテルは九階でものすごく揺れたとか。だって三階のわが家で揺れたのですから、九階の揺れは相当だったでしょうね。でも夜中に台風が通過してくれたおかげで、気持ちよい太陽の光のもと、友人の買い物にも付き合えたし、カフェでお茶もできたし。なんといっても友人が一番よかったと思います。だって今日の昼間に台風上陸していたら、買い物どころか、東京に帰れないですもの。

なんで5月に?

2011年05月28日 | 那覇、沖縄
 今、沖縄本島は台風2号のものすごい暴風域に入っています。1時間前に戻りましたが、今はもうバスもモノレールも動いていません。たぶん外に立っていることすらできないほどの暴風です。三階のわが家は風で揺れているようです。とにかくすごい。窓ガラスなんていつ割れたっておかしくありません。
 それにしてもなんで5月に台風上陸なんでしょう?10年沖縄にいてこんなことは初めてです。梅雨に加えて台風。しかも土曜日でせっかく沖縄に来た観光客なんて夜に飲みにいくことすらできません。しかも、私の友人、今、東京から那覇に来ているんです!(6時から飲んでいたので、私たちは台風に負けませんでした。)
 いつ停電になってもおかしくないので、悠長にブログなんて書いている場合ではありません。怖いぞ。本当にマジにすごいぞ!こんな台風は久しぶりだぞ。ワクワクするぞ(不謹慎発言)。そういうことで、懐中電灯を用意して、ぼくは寝ます。寝るのが一番です。明日天気になあれ。

フィールドワーカーズ・ハンドブック

2011年05月27日 | 
 『フィールドワーカーズ・ハンドブック』という本が出版社から送られてきました。書店には来月から並ぶそうです。
 Pは、この中の第6章を書いています。「体得するフィールドワーク」に焦点を当てたもので、ガムラン関係者から見れば「体得するのが当たり前じゃーん」なんて思うかもしれませんが、文化人類学のフィールドワークの方法の中で、このように取り上げられたのははじめてだと思います。この中では、音楽や芸能の体得の重要性やインフォーマントとの関係、そのまとめ方などを書いてみました。
 あくまでも「私(民族音楽学)流」のフィールドワークの方法の一つですが、録音や録画、インタヴューなどに加えて、「体得」もまたフィールドワークの一つの方法として、本書の中で取り上げてもらえたことを嬉しく思っています。この本自体は、文化人類学にとどまらず、民族音楽学を学ぶ学生にも役に立つ本です。

 日本文化人類学会(監修)
 鏡味治也・関根康正・橋本和也・森山工(編)
 『フィールドワーカーズ・ハンドブック』
  世界思想社、2011年
  定価:本体価格2,400円+税



ハトの日向ぼっこ

2011年05月27日 | 大学
 昨日は久しぶりに大きな太陽が顔をのぞかせました。地面からは水蒸気が立ち上りそうな、そんな勢いの眩しい光が街全体に注がれていました。湿気で身体も心もそんな太陽の下で乾かしたいと思うほど。でもそんな陽気を横目に、節電で蛍光灯が歯抜けになった、時代遅れの病院のような廊下を歩いて、研究室まで行かなくてはなりません。
 そんなことを考えながら憂鬱になりかけたぼくの目にふと、右側の羽だけを広げて、全身の力が抜けて地面にペッタリとはいつくばるようにして休むハトが目に入りました。正直なところ、瀕死のハトではないかと思ったほどです。でも近づいてみると目をクリクリさせて、にこやかに笑っているようです。ネコには嫌われてしまうぼくも、ハトには拒否されないようで、首を微妙に動かしながら、それでも微笑んでいるように見えます。
 ハトの日向ぼっこ。ハトの身体と心の乾燥時間!きっと、幸せな時間を満喫しすぎて、ぼくに対する警戒心も薄れ、動くのが面倒になってしまったのでしょう。いくぶんハトの目がトロンとして、温かさの余韻に浸っているようにも見えるのです。そんなハトを見ていたらちょっぴり元気が出てきた気がします。
 気のせいか、手が幾分大きく振れるようになった気がして、しばらく歩いてからハトが気になって振り返ると、その姿はもう見当たりませんでした。「ハトはもう飛び立ったんだよ。しっかりしなくちゃ。」となぜか自分に言い聞かせていました。

ぼんやりと森を思う

2011年05月25日 | 家・わたくしごと
数日前に書いた「音の森」に関するブログに写真をアップしました。たくさんお送りいただいた中で、ブログの文章にぴったりだと思った写真を選びました。本当は、何枚かアップしたいところですが、一つのブログに一枚の写真と決めているので。実は、過去に2枚アップしたことが一度だけあるのですが、それが2007年5月の羽根木のコンサートの写真です。
 なんだか、急に森に行きたくなってしまいました。清流のせせらぎなんて耳にできたらこの上もない幸せ!でも残念ながらないものねだり。今いる首里にはちょっと見当たりません。「神聖なる森」はありますが、なんだかちょっと雰囲気が違います。ぼんやり研究室の窓から首里城を眺めると、デイゴの枝がサンゴみたいに天に伸びています。なんだかテレビで見た中国みたい。
 でも森ばっかりのところだったら、きっと海が見たくなるのでしょうね。人間ってほんとうにわがままな動物であること!

本日2杯目

2011年05月24日 | 大学
 今日は、自宅から大学まで歩いて通勤したが、途中でマック(ぼくは関東人なので「マクド」とはいわない)によって「無料コーヒー」をテイクアウトした。というのは、このところJALに乗ると、搭乗案内の裏にマックのコーヒーやら、ビックマックがもらえる無料券が印刷されているからである。毎週のようにJALに乗る私のカード入れには、コーヒーの無料券がたまってしまう。
 別に無理して飲まなくたっていいじゃないと思うのだが、そこがまた「せこい性格」で、おじさんの年になると無駄にするのがもったいないのである。期限をちゃんとチェックして、切れそうになるものから順に使わなくては気がすまない。
 ということで、本日、家でもエスプレッソを作って飲んだにもかかわらず、またまたテイク・アウトしてしまったのだった。まあ、オランダにいたときは、友人たちに付き合って、一日5杯はコーヒーを飲んでいたことを考えればたいしたことはないが(私の友人に限らず、オランダ人は相当にコーヒーが好きだと思う)、久しぶりの午前中2杯のコーヒーによって昼に胃がもたれること間違いなし。それでも無料のコーヒーであれ、残すなんて失礼なことができない性格のPである。


急がなくっちゃ

2011年05月23日 | 大学
 多くの大学は少子化が進む中、受験生確保、入学者確保に躍起になっている。私が所属する大学も例外ではない。例外どころか「音楽学」は、芸術大学においては完璧に「マイナー」ジャンルであるために、相当にがんばらないといけないのだ。だって音楽は一般に演奏するものだったり、作ったり、聞いたりするものだったりするわけで、「研究する」なんてなかなか思いつかないもの。
 これから各地で大学案内などが行われる中、「リーフレットを作るように」というお達しが出る。その後、ガムラン演奏者であり、デザイナーのホセ氏の全面協力により、デザインが間に合って印刷開始。ホセ氏なくしては期日に完成でなかったリーフレットである。
 印刷屋に出すなんて予算はないため、完璧に手作りである。先週の金曜日のこと、大分に説明会に行く先生にその日のうちに渡さなくちゃいけないし、約束までの時間はわずか。間に合わないぞ!私の指令のもと、突然、降って沸いたような仕事に学科室は騒然となり、助手は大忙し。ところが焦る気持ちとは裏腹に、案外とカラー印刷はスローなのである。そんな状況を横目に、「じゃあ、ぼくは東京だからね。よろしく。」とすべてを助手に託して(押し付けて)、出かけたのだった。本当にごめんなさい。
 (月曜日談:学科室勤務の皆さん、ありがとう。印刷も間に合って、リーフレットを渡してもらえて。でも今日からまた100部以上の印刷が待っているのよ。だって週末は東京で説明会ですもの。)

音の森ーーガムランを持って森にでよう

2011年05月22日 | 東京
 以前、音工場OMORIとよばれていたガムランのスタジオがこの春に「音の森ガムラン・スタジオ」に変わり、新たにスタートをきった。そのスタジオが長年続けてきた恒例のコンサートが世田谷区の羽根木公園内のはねぎプレーパークで開催された。
 うっそうと広がる森の中にこもれびが届く、仮設舞台が作られ、その前のシートがひかれた観客席にはたくさんの人々がピクニックに来たような雰囲気で、飲みながら、食事をしながら舞台を楽しむ。この空間の中に、一時、身を置いた人々は、そよ風に運ばれる木々のざわめき、観客のまわりを走り回る子どもの声、青銅のガムランのうなり、懐かしいたき火の香りのあいまった音の森の音や香りの風景に心地よい時間を過ごすことができただろう。
 「音の森」ってこういうことなのかな、とふと思ってしまう。この名前を考え付いた人がこの光景を思い描いてつけたわけではないかもしれないけれど、きっと記憶のどこかに年に一度のこの素敵な光景としてあったに違いない。心の中のときどき姿をあらわす潜在的な風景? 「音の森」は、この「音の森」の大好きな人々が集う場。「音の森」はまた来年の「音の森」を夢見て、前へ進んでいく。
(実は、昨日、私はデジカメを忘れました。だから今日は写真がありません。後日、送っていただいた写真をアップしますね。)