Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

中華系インドネシア料理のお店(2)

2017年08月31日 | バリ

 昨日はアートセンター前のバリ人料理人が作る中華系インドネシア料理店について書いたが、本日は中華系の料理人が経営するお店、店の名前はDepot Muah 29。直訳すると「安い食堂29」となる。ちなみに決して安くはないのだが、ここは本当に旨いし、野菜の量がきわめて豊富である。ちなみに今回の滞在で紹介した六宝菜、八宝菜はすべてここのお店の「お持ち帰り」である。 
 まず中華系の食堂で私が嫌うのは、料理に唐辛子を入れて辛く炒めること。基本、四川料理などは別にして八宝菜などの中華は辛い食べ物ではないのだが、街の小さな食堂で注文するとインドネシア人仕様になっていてすでに辛いのである。その点、中華系の人々の作る料理は辛みがほとんどない。必要ならば自分で入れるのである。辛いものが苦手は私にはぴったりである。
 私の通う店の中では最も八宝菜の値段が高いのがこのお店。ここの価格は2万ルピア(だいたい170円くらい)だが、安い店が半額以下なのでその値段の高さと高級さがわかると思う。だいたいきくらげが入っているところから他の店とは違っている。以前のブログの写真を参照。とにかく野菜を食べること、それにはこの中華系インドネシア料理屋が最適なのだ。高熱で炒めるのでお腹が痛くなる心配もほぼないわけだし。ただし、ご飯と一緒に食べるものとして料理されているので、私のように極力白飯を抜いて、おかずだけ食べるには味が濃いのが難点である。


中華系インドネシア料理のお店(1)

2017年08月30日 | バリ

 バリでよく食べるのはナシ・チャンプルとよばれるご飯の上におかずがのった料理で、昨日のブログに書いたバビ・グリンもナシ・チャンプルの一つといっていい。ご飯の上に豚のさまざまな料理がのっているわけだから。しかし、この料理はどうしても肉が中心になり、野菜の量や種類は決して多くない。こればかり食べ続けると野菜が不足してしまうのである。
 だからといって日本のようにコンビニで生野菜が売られているわけではない。そこで重宝するのが中華系インドネシア料理のお店である。中華系インドネシア人というのは、多くは福建省からの移民としてインドネシアに戦後にやってきた人々のこと。彼らは今や中国語はほとんどしゃべれないが道教、儒教などを信仰していて、インドネシアにおいて中国文化を継承している。そこに中華料理もあるのである。しかし純粋な中華料理(そういうものがあるかどうかは不明だが)ではなく、ある程度、インドネシア化したもので、今では中華系ばかりではなく、バリの人々もこうしたお店を開いている。
 中でも美味しくてよく通うお店はいくつかあるのだが、そのうちの一つがこの写真のお店。その道の通ならばすぐにわかるはずである。このお店、アートセンターの前の中華系インドネシア料理屋で経営はバリ人、料理人もバリ人である。とにかく店構えも食堂そのものも「汚い」のだが、「旨い」。もしかすると「汚さ」と「旨さ」は時に正比例するんじゃないかと思うほどである。「キタナシュラン」に登場すれば五つ星間違いなしといったところか。留学時代から数えれば数百回は通っているだろうが、汚さも味も何ひとつ変わらないのがいい。30数年たってはじめてお店の中からアートセンターの方を撮影してみた。こんな光景を見ながら、野菜たっぷりの炒め物とご飯をよく食べているのである。


バビ・グリン

2017年08月29日 | 家・わたくしごと

  バリのご馳走の一つが豚の丸焼き料理のバビ・グリンである。街のあちこちに豚の絵の書いてある看板が掲げられているが、まさにそれがバビ・グリン屋であり、しっかりBABI GULINGと書かれている。しかしこれはインドネシアの人口の9割以上をしめるイスラムの人からすればとんでもない料理なのであるが、そこは多様性の認めている国だから、イスラムの人々がこの看板を外せ、とか豚肉食うな、なんて言わない。バリはなんと9割以上がヒンドゥー教徒であるわけだし。
 お金を払えばいつでも食べられるのだが、基本的にはハレの日の食べ物であり、儀礼やお盆では必須である。今回は、ある家族の子供のバリ暦に基づいた誕生日のハレの料理としてふるまわれたのがこのバビ・グリン。実は、ラワールというバビ・グリンの大切な一品が写っていないのは、作ってから半日以上時間が経っているからで、ラワールは新しくないと美味しくないのである。
 実はそのラワール。私は正直得意とはいえない。時には豚の生血が混ぜられていることもあるし、しかも一度、「大当たり」したことがあるせいもあるかもしれない。生ガキに当たった人がトラウマになり、カキが食べられなくなったあの状態か?それにしてもバリの人も沖縄の人も豚をすべて食べつくす。まさに豚の命をあますところなく「いただきます」という感謝を込めているのだろう。


アニメのマハ―バーラタ

2017年08月28日 | バリ

 日本ではラジオを聞くことの方が多くあまりテレビを見ないのだが、バリでは部屋にいるとラジオ代わりにテレビをつけている。テレビは今のインドネシアの象徴だし、今何が起きているのか、何が流行しているのかを知るのに最適なメディアである。
 バリでは十数年前から、インドで制作された長編歴史物語のマハーバーラタのドラマが放映されている。たぶんインドではさまざまなその手のドラマが作られているらしく、再放送だけでなく、新しいマハーバーラタが毎年放送されている。それはそれで驚きである。
 最近気になるのは、アニメ版のマハーバーラタである。これもインドで制作されているのだが、それにバリの人の声優がインドンシア語でアフレコを行っている。というのは、マハーバーラタの登場人物は、ジャワとバリでは発音が異なるし、時には名前も異なるため、バリ仕様で録音しなければ、バリの人々には受け入れなれないからだ。もちろん放送局はバリTVであり、地元の放送局のプログラムである。マハーバーラタは、インドネシア人、バリ人といって大切な古典文学である。だからこそ、どんな形であっても多くの人々が親しめる環境が整っていることはすばらしいことだと思う。


テレビニュースに登場

2017年08月27日 | バリ

 今日の朝のできごと、テレビでBaliTVのニュースをつけて新聞を見ていたら(どちらも日本ではやらないのに、バリでは定番の朝の儀式)、「日本」「スンドラタリ・ラマヤナ」という言葉か聞こえてきた。ふとテレビの画面を見てみると自分たちの舞台の話ではあーりませんか?さてここからが大慌て。カメラどこ?そうだカバンの中だよ、って一人であたふたしてやっと見つけて画面を撮りはじたときはもう後の祭り。残念ながら10枚しかとれず、3枚はピンボケでした。みなさん、ごめんなさい。今日の朝に放映されたってことは、昨晩のニュースでも放映されたんだと思います。たいてい夕方と翌朝は同じニュースが使われます。
 自分をインドネシアのテレビ画面で見る、というのはなんとも不思議な気分がするわけですね。もちろんこういう経験は何度かあるんですが、たいていは「見たよ」と誰かに言われるだけで直接見たことはほとんどありません。でもおかげでご挨拶にいけないバリの知人たちに「私は元気にバリ芸能に取り組んでいます」という報告になったかもしれません。見ているかどうかはわからないですが。
 あの一日が夢だったように、今はすっかり切り替えて調査に取り組んでいます。なんだかテレビを見たらまるで昨日のできごとのように蘇って来てとてもステキな気分です。


ライスフィールド~バリ11日目

2017年08月27日 | バリ

 バリの観光ガイドに出ているようなライスフィールド。宿泊したホテルの部屋から見えた風景です。考えても見ればどこにでもある田んぼの風景なんですが、なぜバリのライスフィールドだと思うと特別感があるんでしょうね。
 そんなライスフィールドの一角に3階建ての小さなドメスティック向けのホテルができていて、そこに宿泊しました。宿泊客はそんな風景を堪能できる一方、この風景を日々ながめている地域住民にとってはこのホテルが田んぼの中に建ってどんな思いを持っているんだろう?と考えたりしてしまいます。
 観光客の満足と地元の人々の満足が、ともに大きなものになるのが「観光」の理想なんでしょうが、やっぱりそういう図式は簡単ではないのでしょうね。開発と伝統は観光にとっての大きな課題なのです。


ラマヤナ公演~バリ10日目

2017年08月26日 | バリ

 一昨日、8月24日に音の森のグループによるスンドラタリ「ラマヤナ(ラーマーヤナ)」公演が、バリのムング―村で行われました。私は10数年前に創作スンドラタリのダランとして、バリ芸術祭に参加したことはありましたが、ラマヤナというバリ人であれば誰もが知っている物語を上演するのは初めての経験であり、だからこそ非常に緊張した舞台でした。当日も午前中はダランである私と踊り手だけで最後の練習をしたほどです。
 結果的にはひじょうに充実した時間を練習でも本番でも過ごすことができたと思っています。もちろん細かいことを言えば、まだまだ不十分な箇所はたくさんあります。しかしそれは結果であり、次の舞台ではそうした点を修正していければと思います。ダランとして私がどのような評価を受けたのかは正直わかりません。しかしさまざまな指摘を受け入れて、より高みを目指したいと思います。
 この写真は前日の練習風景です。踊り手はほとんど日本人ですが、ここではバリ人の少年たちも参加した部分です。お揃いのTシャツを着るのは少々恥ずかしかったのですが、練習が始まってしまったらそんなことはすっかり忘れていました。


ガムランのショールーム~バリ9日目

2017年08月25日 | バリ

 現在、他の大学の教員との共同研究でガムランの金属について研究しているのだが、その材料を手にいれるために久しぶりにブラバトゥのゴング工房に行った。この工房、当初は小さな工房だったのだが、デンパサールに近いことや商売がうまいこともありこの20年くらいに急成長した。やはり経営者の才覚であろう。
 今回、ここを訪れて一番驚いたのは巨大なガムランのショールームである。特にジャワから仕入れ、販売するゴングは数十枚であり、いかにも資本金を持っているという空気を漂わせている。高額なゴングがこれだけ購入できるわけだから。それにしてもこの大きさ、小学校の体育館くらいはあるだろう。
 外国人もよく訪ずれるようで、私たちが来ても特に驚くことなく、自由に入って作業の様子も楽器も写真を撮ってくれ、というだけで完全に放置してくれるのはありがたい。それにしてもバリに来るたび、その急激な変化に驚くことしきりである。


オシャレ?~バリ8日目

2017年08月24日 | バリ

 ガムラン楽器の鍛造の調査に行ってなぜか最初に撮影した写真がこれ。真面目に調査しろ、なんて言わないでください。でもこのバイクのステッカー、とにかくオシャレじゃないですか?格好いいでじゃないですか?このバイクを見て、バリ人って、本当にバリが好きなんだな、と思います。ここまでバイクを「バリ、バリ」にするなんて。
 一緒に調査に行った一人の方に、私の日本のバイクもこんなステッカーを貼ればいいじゃないですか?なんていわれましたが、ここまでは到底できません。こういう「バリ愛」は私の中には「いい意味で」存在していないので。
 このバイクが工房の入り口にあったせいか、テンションも上がって調査も順調に進みました。いいですね。このバイクのおかげでございます。ということで感謝の意を込めてブログの一話として掲載決定!


「黒一点」~バリ7日目

2017年08月23日 | バリ

 「紅一点」の対義語というのはないらしい。なので「黒一点」という言葉は便宜的に使っているだけであり、本来は正しい日本語ではない。しかし、この写真、まさに色彩からも「黒一点」である。
 数日前にアートセンターのイベントで女性たちによるガムラングル―プ(gamelan wanita)を鑑賞した。既婚女性のグループで、演奏のレベルも非常に高く、もはや、今のバリにおいてガムランは男性だけが演奏するものではない。私が留学していた三十数年前には考えられなかったことである。
 最後の演目は、フラグメンとよばれる舞踊劇で、踊り手はパントマイムのように動き、それにダランとよばれる語り手がセリフや歌を加えていく芸能だった。私はダランもまた女性であることを期待したのだが、残念ながら「黒一転」の男性のダランだった。
 もちろんバリに女性のダランがいないわけではない。しかしその数はガムラン奏者のように多くない(ごく少数)し、このグループの周辺でも女性のダランは見つからなかっただろう。やはりまだバリ人にはダラン=男性のイメージが強いし、観客の誰もがこの光景を当たり前のように受け入れている気がした。しかしあと数年もすれば、女性のガムラン奏者にバリ人の誰もが違和感を感じなくなったように、女性のダランが当たり前に活躍する時代が来るのだろう。それだけバリ芸能における女性の活躍は顕著なのだ。