いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

明石歩道橋事故(強制起訴裁判)。 compulsory prosecution

2012-01-20 19:30:01 | 日記
 (1)現場には居合わせなかった管理責任者の法的責任(業務上責任)をどう裁くのか、裁かないのか、裁く責任範囲をどこまで求めるのかふたつの強制起訴(compulsory prosecution)裁判で争われている。

 ひとつがJR福知山線脱線事故での当時の社長で安全対応責任者に対する業務上過失致死傷罪で争われ、強制起訴裁判では当時の安全対応の必要性は会社方針決定以前の段階のもので、被告は危険を予知出来なかった上に業務上過失罪は個人を対象とした罰則で組織上の責任を問うものではないとして無罪判決とした。

 そして現在係争中の01年7月の明石市歩道橋事故による、当時警察警備を計画し担当していた責任者のひとり(署長は07年死亡)の元明石署副署長の業務上過失致死傷罪を問う事件だ。

 (2)花火大会見物客で溢れた狭い歩道橋内で混乱が起きて見物客が折り重なって倒れて11人が犠牲になった事故だ。警備に当たっていた明石署(員)ほかが許容人数以上の見物客が歩道橋に押し掛けて溢れ、危険が予知出来たにもかかわらず規制ほか適切、適正な安全対策を取らずに犠牲者を出したとして、現場に居た地域官、市職員が業務上過失致死傷罪の判決(書類送検)を受けた。

 当時、現場から離れた明石署内に居て後方指揮支援をしていたと考えられる副署長は、一旦は無罪とされたが検察審査会により同罪による強制起訴されたものだ。

 (3)当事者本人は「やるべきことはやった」として無罪を主張している。強制起訴裁判は今年11月の最終弁論の日程の中で詳しい「やり取り」は不明だが、当時警備計画を策定した責任者のひとりで混乱を極めた事故現場に居合わせずに離れた明石署に居て後方支援指揮を執っていたと考えられる副署長の「業務上過失」の責任が問えるのかの問題だ。

 花火大会見物という夏の風物誌での突然の予想もしない家族、子どもを亡くした関係者にとっては悔やんでも悔やみきれない思いで、現場の混乱を目の当たりにして当然の規制ほかによる安全対策を取れなかった、取らなかった明石警察署への「業務上過失」の責任を問う声は犠牲関係者からは重く大きい。

 (4)副署長は、署長を補佐する連帯共同責任者で明石警察署業務の最高意思決定代表権を持つひとりと考えられて、その業務上の責任を署長と連帯共同して負うものと考えられる。そのカテゴリー(kategorie)としては、警備計画策定責任も含めて署長と同列に業務上過失、警備業務の安全責任を負うべき立場だ。

 警察警備というのは、警備計画策定も含めて現場責任者個人の責任で行うものではない「組織的」業務であり、ここでその副署長が事故現場に居合わせずに離れた明石署内で警備業務後方支援指揮の責任業務に当たっていたということを「業務上過失」罪との関係でどう判断するのかという問題だ。

 現場は当然のように見物客で溢れ規制ほかの安全対応に適切、適正に対処すべき混乱状態にあった訳だから、現場からは明石署に事態の連絡、応援対応準備、指示、要請は必要とするのが業務上の当然の行為だ。(明石署モニターテレビから歩道橋の映像が見れた。)

 (5)そういう前提でこういう明石署あげての「組織的」な警備体制の中での11人の犠牲者を出した事故責任は、署長のみならずに指揮命令系統内にある連帯共同責任の副署長も負うのが論理的判断と言うものだ。

 警備計画策定も含めて「組織的」な警備体制では、現場に居たのか居なかったの直接当事者の問題だけではなくて、業務遂行上の最高連帯責任者として「結果責任」を副署長も等しく負うものだ。国家公務員に政治家のような道義的責任というものがない以上、法的責任を問うのは当然だ。

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