(1)iPS細胞作成の研究成果で今年ノーベル医学生理学賞を授賞した京大山中伸弥教授は授賞後のメディアのインタビューで、事例によっては3,4年先には「臨床実験(clinical experiment)」が可能なものもあり、今後10年を目途に研究を深化させなければならない趣旨の発言をした。「このままでは終われない」とも言った。
(2)ところがその翌日(11日)の読売新聞朝刊で、米国に在住する日本人研究者がiPS細胞を使った世界初の「臨床実験」を実施したと驚くべき報道をした。さらに驚くことに、その後この研究発表で関係したとされる米ハーバード大とマサチューセッツ総合病院からは同研究者は在籍しておらず、臨床実験を承認した事実はないとの発表が続いた。
同研究者に現在の肩書を名乗られている東大医学部は、そのような機関、役職はないと説明している。
(3)NHKの米国支局記者は昨日の報道番組で同研究者を取材したときの模様を語り、同研究者は殊更に世界初、パイオニアを強調して、しかし説明内容にあいまいさ、不自然、問題点も多く記事にしなかったことを明らかにし、他の全国紙からも同様の趣旨で記事化を見送ったことが伝えられている。同研究者の以前の研究論文にも今になって疑惑がもたれている。
(4)当の読売新聞は、ハーバード大ほかが同研究を否定したことから「研究成果に疑義」があるとして「誤報(false news)」の疑いもあると調査を始めるとした。報道としては信頼性を損なう屈辱的なことだ。
今をときめくiPS細胞の研究で、「インパクト」だけを求めて同研究者の思惑に乗ってしまったか(現在時点では真相不明のため)のようなあってはならないやみくもに飛びつき型の全国紙読売新聞の報道スタイルだが、ニュース源、関係機関、関係者に「確認」をとるのは報道の初歩中の初歩で、他紙メディアと比較してもあまりにおそまつな報道精神性、記事化の流れだった。読売新聞は、今日「誤報」であったと報道した。
(5)最近のメディアは批評、検証精神性が劣化しており、たとえば政府が自らの政策主張を撤回して野党案丸のみで成立した法案を「決めれる政治」と過大評価しているように、まるで比較、検証、分析力の欠如で政治、社会性に追随型に劣化してしまっている。
その象徴的な今回の読売新聞の「iPS細胞の臨床実験」のニュース報道だった。全国紙の販売部数もトップを争う新聞社がその報道の重み、信頼性への期待、価値を鑑(かんが)みることもない、報道としてはあってはならない時流、勢いに流されるかのような報道基本原理を無視したおそまつな報道姿勢だ。
(6)もちろん、真相、真実はこれから検証、実証されることになるが、報道機関がニュース源の「確認」、「精査」という基本理念を無視した報道姿勢は覆(くつがえ)らない。
まずそういうことは考えられないが、仮にiPS細胞臨床実験が事実なら医学の理念、方式に反した無法なやり方だ。
報道の信頼、不信、不測を招いた事実、責任は大きい。近年の報道精神性(批評、検証、実証)の劣化の危惧が現実のものとなった。
(2)ところがその翌日(11日)の読売新聞朝刊で、米国に在住する日本人研究者がiPS細胞を使った世界初の「臨床実験」を実施したと驚くべき報道をした。さらに驚くことに、その後この研究発表で関係したとされる米ハーバード大とマサチューセッツ総合病院からは同研究者は在籍しておらず、臨床実験を承認した事実はないとの発表が続いた。
同研究者に現在の肩書を名乗られている東大医学部は、そのような機関、役職はないと説明している。
(3)NHKの米国支局記者は昨日の報道番組で同研究者を取材したときの模様を語り、同研究者は殊更に世界初、パイオニアを強調して、しかし説明内容にあいまいさ、不自然、問題点も多く記事にしなかったことを明らかにし、他の全国紙からも同様の趣旨で記事化を見送ったことが伝えられている。同研究者の以前の研究論文にも今になって疑惑がもたれている。
(4)当の読売新聞は、ハーバード大ほかが同研究を否定したことから「研究成果に疑義」があるとして「誤報(false news)」の疑いもあると調査を始めるとした。報道としては信頼性を損なう屈辱的なことだ。
今をときめくiPS細胞の研究で、「インパクト」だけを求めて同研究者の思惑に乗ってしまったか(現在時点では真相不明のため)のようなあってはならないやみくもに飛びつき型の全国紙読売新聞の報道スタイルだが、ニュース源、関係機関、関係者に「確認」をとるのは報道の初歩中の初歩で、他紙メディアと比較してもあまりにおそまつな報道精神性、記事化の流れだった。読売新聞は、今日「誤報」であったと報道した。
(5)最近のメディアは批評、検証精神性が劣化しており、たとえば政府が自らの政策主張を撤回して野党案丸のみで成立した法案を「決めれる政治」と過大評価しているように、まるで比較、検証、分析力の欠如で政治、社会性に追随型に劣化してしまっている。
その象徴的な今回の読売新聞の「iPS細胞の臨床実験」のニュース報道だった。全国紙の販売部数もトップを争う新聞社がその報道の重み、信頼性への期待、価値を鑑(かんが)みることもない、報道としてはあってはならない時流、勢いに流されるかのような報道基本原理を無視したおそまつな報道姿勢だ。
(6)もちろん、真相、真実はこれから検証、実証されることになるが、報道機関がニュース源の「確認」、「精査」という基本理念を無視した報道姿勢は覆(くつがえ)らない。
まずそういうことは考えられないが、仮にiPS細胞臨床実験が事実なら医学の理念、方式に反した無法なやり方だ。
報道の信頼、不信、不測を招いた事実、責任は大きい。近年の報道精神性(批評、検証、実証)の劣化の危惧が現実のものとなった。