(1)政治はいつもデカい顔して正義ぶるけれど、これほど非生産的(nonproductive)なものはない。
社会保障にしても、消費税にしても、防衛、自衛、集団的自衛権にしてもこうした危険な事態にしたのは誰かといえば「政治」そのものであり、時の政権であり、そのことの一切の責任、謝罪もないままに起きている事態がまるで降ってわいたかのような不幸、危機意識だけを強調して、政治、防衛、社会保障はこうあるべきだとこれが正しいと国民の多くが望みもしない独断、自己満足の野望政治を自慢げに推進するという、まったく愚かな行為、行動が今の政治だ。
(2)米国が国際テロの危険を強調して国際社会が一致して対峙する必要性を主張するが、そもそもは米国が覇権国家主義のもとに世界に軍隊を派遣して他国の国益、権利、主張に関与し続けて「まいた種」であり、それへの脅威を自ら生んでおいて世界平和、国際社会への脅威だとして一致して対抗しようなどとは、まったく非生産的な行動理念だ。
(3)その国際社会への不法、不条理(unreasonableness)な脅威に対抗する集団的自衛権を行使するために、安倍首相はあれこれ日本に降りかかる危険、危機を例示してこれらを排除して日本の存立、安全をまっとうするために同盟国との集団的自衛権の行使は必要だと意欲を示しており、しかも憲法改正がむずかしいと思うと政府の憲法解釈変更による行使容認を持ちだして閣議決定のうえで同盟国の「まいた種」に協力する始末だ。
(4)その前提のひとつとされている尖閣諸島領有権問題を巡る東シナ海ほか中国の軍事力脅威と北朝鮮の核武装化だが、そもそも日本政府(民主党政権ではあったが)が火をつけたものであり米国の覇権国家、世界戦略の関与が生んだ国際緊張でもある。
そういう原因、起因を無視して結果に対してだけ危険、危機、正義、倫理、規範(paradigm)を強調して正義ぶっても、これほど非生産的な愚かな行動、行為はないものだ。
(5)これが今の政治の倫理観であり正義観だ。自ら「まいた種」を自ら刈る出来レース政治で、理念、信条だけはいっぱしの理由をつけて正義ぶっている愚かさだ。
日本を取り巻く国際環境はこれほど厳しいと自ら「まいた種」の危機感を煽(あお)っておいて、平気で国民に忍従と服従と協力を強いる厚顔無恥な政治だ。
(6)政治がこれほど非生産的なものである以上、国民の生活の自衛のほうが余程関心ごと、問題だ。そうして国民は小市民的意識階級になっていくのだが、どこかで折り合いをつけなければすまない。
国民の意思を示す選挙だ。メディアでは国民は選挙結果で全権委任したわけではないと説くが、やはり遠吠えにすぎない。何を委任して何を委任しないのかなど特定できないし意味もない。
(7)だから選挙は大事なのだ。今の政治のあからさまな非生産性は国民の意思が選挙からズレている結果でもある。
選挙は政治を全権委任する(election entrust the full power of politics)ものであることを自覚すべきだ。
社会保障にしても、消費税にしても、防衛、自衛、集団的自衛権にしてもこうした危険な事態にしたのは誰かといえば「政治」そのものであり、時の政権であり、そのことの一切の責任、謝罪もないままに起きている事態がまるで降ってわいたかのような不幸、危機意識だけを強調して、政治、防衛、社会保障はこうあるべきだとこれが正しいと国民の多くが望みもしない独断、自己満足の野望政治を自慢げに推進するという、まったく愚かな行為、行動が今の政治だ。
(2)米国が国際テロの危険を強調して国際社会が一致して対峙する必要性を主張するが、そもそもは米国が覇権国家主義のもとに世界に軍隊を派遣して他国の国益、権利、主張に関与し続けて「まいた種」であり、それへの脅威を自ら生んでおいて世界平和、国際社会への脅威だとして一致して対抗しようなどとは、まったく非生産的な行動理念だ。
(3)その国際社会への不法、不条理(unreasonableness)な脅威に対抗する集団的自衛権を行使するために、安倍首相はあれこれ日本に降りかかる危険、危機を例示してこれらを排除して日本の存立、安全をまっとうするために同盟国との集団的自衛権の行使は必要だと意欲を示しており、しかも憲法改正がむずかしいと思うと政府の憲法解釈変更による行使容認を持ちだして閣議決定のうえで同盟国の「まいた種」に協力する始末だ。
(4)その前提のひとつとされている尖閣諸島領有権問題を巡る東シナ海ほか中国の軍事力脅威と北朝鮮の核武装化だが、そもそも日本政府(民主党政権ではあったが)が火をつけたものであり米国の覇権国家、世界戦略の関与が生んだ国際緊張でもある。
そういう原因、起因を無視して結果に対してだけ危険、危機、正義、倫理、規範(paradigm)を強調して正義ぶっても、これほど非生産的な愚かな行動、行為はないものだ。
(5)これが今の政治の倫理観であり正義観だ。自ら「まいた種」を自ら刈る出来レース政治で、理念、信条だけはいっぱしの理由をつけて正義ぶっている愚かさだ。
日本を取り巻く国際環境はこれほど厳しいと自ら「まいた種」の危機感を煽(あお)っておいて、平気で国民に忍従と服従と協力を強いる厚顔無恥な政治だ。
(6)政治がこれほど非生産的なものである以上、国民の生活の自衛のほうが余程関心ごと、問題だ。そうして国民は小市民的意識階級になっていくのだが、どこかで折り合いをつけなければすまない。
国民の意思を示す選挙だ。メディアでは国民は選挙結果で全権委任したわけではないと説くが、やはり遠吠えにすぎない。何を委任して何を委任しないのかなど特定できないし意味もない。
(7)だから選挙は大事なのだ。今の政治のあからさまな非生産性は国民の意思が選挙からズレている結果でもある。
選挙は政治を全権委任する(election entrust the full power of politics)ものであることを自覚すべきだ。