いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

憲法民主主義論。 theory of constitutional democracy

2019-11-11 20:09:45 | 日記
 (1)政府、自民党は2020年憲法改正を目指して今国会で国民投票改正案の審議を進めたいところだが、改造内閣の大臣が就任1か月余りで相次いで更迭、辞任に追い込まれて安倍首相の任命責任が厳しく問われて、さらにこれに文科相の英語民間試験導入での「身の丈」発言で反発を受けて撤回させられて、身から出たサビで国会審議が進まずに日程は窮屈になっている。

 (2)前の自民党憲法改正推進本部長で今の選対委員長の下村議員は講演で「(国民投票を)一度も経験していないのに、本当に国民主権と言えるのか」(報道)と平和憲法を守ってきた国民にはおせっかいな発言をした。

 下村発言が信頼性、信ぴょう性を持たないのは、言うこととやることが一致しないこれまでの安倍政権、自民党の国会運営、審議で示されており、今さら何を言うのかとの思いだ。
 憲法改正の是非を国民が判断することで民主主義が定着する(同)とも発言しているが、安倍政権下では民主主義は存在せずに(後ほど述べる)崩壊しているのが現状で、自民党下村議員からぬけぬけと国民主権、民主主義を言われても言行不一致ではしらける。

 (3)あのトランプ大統領がかろうじて支持をつないでいるのは大統領選中、就任時の内容の是非は別にして公約を確実に実行していることの信念、実行力だ。そのためには自らに都合の悪いことはフェイクニュースとしてとりあわずに批判して、相手をおとし入れる策略は弄(ろう)して大統領としての資質に問題はあるがストレートしか投げないこだわり、信念、わかりやすさはある。本音で語るところがせめてもの特徴だ。

 (4)安倍首相の方は政策は打ち出してもなかなか前に進めずに周囲をおもんばかって先延ばしをして、本音のみえない、本音を隠してのその場しのぎの姿勢が目につく。ストレートは投げずに変化球ばかり投げるタイプだ。

 こういう安倍政権、自民党から国民主権、民主主義を聞かせられても身の丈、身の程知らずの信頼性などないものだ。

 (5)米国では民主党がトランプ大統領の弾劾裁判の手続きを進めているが、トランプ大統領を選んだのは米国民であり、そのどんな内容の公約であっても有無を言わせずに実現に向けており、その手法、手段には報道をみる限りでは弾劾性の疑惑はあるがフェイクニュースとして逃げ切ることも考えられて、来年11月の大統領選で決着をつけることがわかりやすい審判だ。

 国民が選んだ大統領をその国民が審判することが国民主権、民主主義の原則、テーゼ(thesis)だ。

 (6)日本の政治、安倍政権の場合は、国民は安倍政権の重要政治課題、政策にことごとく過半数が反対(世論調査)しながら安倍内閣の支持率は40%後半と比較安定しているというパラドックス性(paradoxical)だ。国民主権、民主主義が混乱している。

 代わるべき政権がなく、野党の低迷、堕落が招いている面もあり、こちらは本音隠しの民主主義もどきでしかない。

 

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