いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

自己否定の12年度予算。 the estimates of self-denial

2011-12-25 19:33:27 | 日記
 (1)マニフェスト崩壊完結編の民主党政権に来年度予算編成などまかせていいものかどうか。来年度一般会計予算総額90兆3千億円に、「別枠」として復旧・復興費と社会保障(年金)財源合わせて6兆円の①実質「最高規模」の12年度予算となった。

 東日本大震災復旧、復興までは緊急避難対応として予算規模が相対的に大型化するのは致し方のない一面もある。ただし、この予算の半分近くが借金(国債発行44兆3千億円)でまかなわれて、この結果累積財政赤字が1000兆円を超え、GDP比率(日本210%)では欧州の破たん国家ギリシャ、イタリア(130~160%)をはるかに上回ることになった。

 ②実質「財政破たん国家」であるが、両国と違うところは借金の債権者(国債買い取り)が95%国内の銀行中心でまかなわれており、「利害共有」関係がかろうじてつながっているところと、消費税率が欧州各国(20%以上:ただし社会保障、医療で厚い政策)に比較して低く(日本5%)今後増税による税収見込増が描ける余地のあるところだ。

 (2)前代未聞の東日本大震災の復旧、復興という災害規模としては予期せぬ出来事に見舞われての予算編成としては相対的な大型化は避けられないが、それではパラドックス(paradox)としての緊急避難時の相対的に「削減」する予算対応はなかったのかと言う問題がある。

 民主党政権の基本テーゼ(these)のマニフェストの自らの手による崩壊完結編は、1000兆円を超える財政赤字予算編成を控えてのこの期に及んで「問題」も提起した。
 身を切るべき「国会」予算削減率は1%にも満たない(0.9%)状況で、定員削減、報酬削減で率先すべきであったし、財源捻出の切り札とした公共事業費見直しもことごとくの再開、継続がすでに織り込み済み(実質11.5%増)、受給者からも実施方法に同情論のあった子ども手当(来年度は「子どものための手当」)もその実施効果の検証もないままの所得制限付き(対象外にも一律手当支給方針)ではあるが現行同様の継続支給される。

 (3)潜在的な天下り問題の政府外郭団体の特殊法人の整理、再編、検証もその後の経過が結果も含めてよく見えない。さらに、緊急避難対応の予算編成に時限的にも圧縮、縮小する分野(公共事業、内閣、防衛)の重点化目標が必要だった。宇宙開発費も、技術継承問題はあっても一国でまかなう費用対効果を考える必要もある。

 (4)さらに問題なのは、首相の「日本再生元年予算と位置付けられる予算案」(報道)という自画自賛の理念、認識だ。
 どこを指して言っているのか、まさかスピード感のない復旧・復興関連のことなのか、マニフェスト崩壊完結編の結果の自ら「日本再生元年」と言うなら、これほどパラドックスなことはない、自己否定(self-denial)論だ。
 民主党政権「自己否定」の12年度予算だ。

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マニフェスト崩壊の「完結編」。 the last program of break-down

2011-12-24 20:04:17 | 日記
 (1)経済効果とか治水、防災効果の評価が二転、三転したあげくに、民主党政権のマニフェストに従って当初建設中止を表明した八ッ場ダム建設工事が再開されることになった。
 政権交代の基本テーゼ(these)であった民主党政権マニフェスト「崩壊(break-down)」の「完結編(last program of series)」となった。

 民主党政権マニフェストでは、まず公共事業の見直しが重要テーマとして求められて、そのトップに八ッ場ダム建設中止が掲げられていた。
 民主党政権のマニフェストは、09年政権交代の11月の行政刷新会議の事業仕分けまでは全国の注目を集めて「輝き」を放っていたが、趣旨をはき違えた手法での同事業仕分けのムダ削減でマニフェスト実現の財源予算を捻出する思惑であったが、予想したまでの(文言明記はさすがにないが、当時の首相はムダ削減で「いくらでも」財源捻出できると豪語)財源が捻出できずにその後の予算編成で財政財源不足があきらかとなって、マニフェストをことごとく見直し、中止、変更してのマニフェスト崩壊であった。

 (2)マニフェスト、基本テーゼ(these)の根幹を失った民主党政権は、「4年間は値上げしない」と明言していた「消費税」の増税論議を勝手に加速させて本格化する始末だ。
 マニフェストの切り札「カード」を失くした民主党政権は、白(しら)を「切る」しかなく、国民に「おわび」もなく終(しま)いにはマニフェストは「4年間の約束(結果はまだ先と言いたいのか)」とか言って、この期に及んで白々しい開き直りだ。

 すでに、国民に信を問う以前の自らの手による「政権崩壊」の有り様だ。さすがに白(しら)を切れずに気が引けるのか、民主党議員の中には離党の意思を示すものもいる。
 政権交代マニフェストの「設計精度」の甘さ、いいかげんさが露呈しての必然的な崩壊だ。経済トラスト(trust)なら、不当利得、虚偽行為で処分ものだ。

 (3)マニフェストには、公共事業の見直しの上段のプロローグ(prologue)には「議員80名削減」の文字もあるが、最高裁の「1票の格差」の違憲判断にも政党間の思惑ばかりが先行しての結論先送りだ。
 首相は年明けの通常国会での決着を一応明言しているが、最早その言葉を信用させる政治力を自らの手で「崩壊」させている訳だから、誰も信用などしない。
 こうも国民との約束をことごとく放棄して、政権を維持する民主党も民主党なら、確かにそれに適切に反応しない国民も国民だ。おまけにその受け皿にもなり得ない野党も野党という無責任政治トライアングル(triangle)の構図だ。

 (4)年明け政局は、普天間基地移設先問題(辺野古沖アセス提出)、消費税増税問題でエポックなヤマ場を迎える。年末、年始にじっくりこれからの「政治」を見つめ直したいものだ。
 政治、財政に対する国民の責任は事に重い。

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政治の私物化。 own property of politics

2011-12-23 19:43:38 | 日記
 (1)年末も押し迫っての北朝鮮の崇拝独裁者の死去まで、今年は1年間政治、経済、社会のすべてにわたる異常事態が続いた記憶に残る年になった。

 民主党政権内部の「カネと政治」の党内対立から始まって、元代表・幹事長の強制起訴問題に3月11日の東日本大震災、福島第1原発事故、9月にかけての前首相を取り巻く政治不信、党内対立、急激な円高経済に市民革命の「アラブ中東の春」と、次から次へとまあ災難、変革が途切れることもなく降り続いた1年だった。

 (2)地方自治体からは、「都」構想、市民税10%恒久減税のあたらしい発想の政治テーゼ(these)が正念場を迎えて、政治不信、閉そく感のある国政に取って代わって、その首長の実行力、突破力に市民の期待感も大きいものがある。
 それぞれが代表をつとめる地域政党を立ち上げての国政参加も視野に入れたあたらしい政治方法論としての政治ダイナミズム(dynamism)を主張した。

 (3)しかし、この地方自治体からの政治ダイナミズム、だんだんと実態が見えてくると、どこかおかしい。
 立法府としての議会対策も不十分なまま、議会との非生産的、不毛な対立構図を強調して、しかもアンチテーゼ(anti-these)としての圧倒的な市民の支持を背景として、強権性を前面にして「自己満足」型の突破力アピールだった。

 (4)「都」構想も市民税10%恒久減税も、それ自体は市民生活にとっては利益配分の比較大きな革新性のある理念、政策ではあるが(だから支持も高い)、①府知事から市長に転出しての反対勢力図を排除する政治戦略、手法、、また②反対する議会をリコール、再選挙に持ち込み、議会勢力図を「力」で変えることによって政策、理念を実現しようと言う政治手法には、市民のための利益配分をはるかに超えた「自己目的化」、「自己満足型」政治の「危うさ(政治の私物化 own property of politics)」ばかりが目に付くようになってきた。

 誰のための「政治」なのか考えさせられる構図だった。政治は、自己目的、理念を実現する方法であると同時に、それは国民、市民への利益配分のためのもの、相乗効果のものでもある。
 立法府の議会対策、説明責任が必要であったが、打ち上げた革新的な政治理念、政策の具体的な「設計図」が描かれていない不十分な政治の私物化、「結果主義」の限界を露呈したものだ。

 (5)名古屋市は、昨日市長が最後は議会に折れて減税率を公約の「10%」から「5%」に圧縮して、しかし全国で初めての市民税「恒久」(単年ものは事例がある)減税を実現させた。
 1000兆円に届こうかと言う恒久財政赤字国家の政府が消費税増税論議を加速する中、「対極」としての減税政策の実現だった。

 本日のメディアでは、満面の笑みの同市長が「よくここまで来た(公約から2年8か月経過)という感じで、公約は達成されたと思う。」(報道)と自己点検評価した。
 2年有余前の公約「10%減税」政策の「設計精度」はどうだったのか。とても市民のための政治と言えるような準備、結果の政治責任論ではなかったのだ。


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冷温停止と思考停止。 suspensive cold temperature and thinking

2011-12-22 19:57:52 | 日記
 (1)当初の東電の工程表では、原子炉格納容器の安定状態を示す「冷温停止(suspension of cold temperature)状態」の達成目標を来年1月末までとしていたが、これを1か月前倒しにして政府は今月に福島第1原発事故の収束宣言(ステップ2)をした。

 同第1原発からはメルトダウン(炉心溶融)していた事実が公表された以外は(と言っても重大問題)、特に具体的なデータ分析による「現状」の報告もなく、実際炉心部に近づくことも出来なくて、やり様もなくてただ時間の経過に比例して危機的な状況にはないとの判断からの、政府の見込みによる「収束宣言」なのだろう。

 具体的な現状報告、検査報告、証拠証明もない、物理的に出来ない政治的な「収束宣言」だから、被災地はおろかメディア、専門関係者ほかのどこからも不信の声が聞かれる。
 そもそも同事故の「収束宣言」があったからと言って、政府、東電が同事故から「解放」されることもない、今後数十年、30~40年、事によったら未来半永久的な事故後対応に晒(さら)される原発事故なのだから、「収束宣言」の意味などで体制、財政、補償ほかの環境整備に変化もあり様もなく、ほとんど宣言することが意味のないことになる。

 政府の「自己満足」の「収束宣言」にすぎずに、最短でも数十年先の核燃料棒の取り出し30~40年先の廃炉工程が問題の、収束宣言そのものが対外的にはまったく影響力もない話なので、この政府の「収束宣言」の是非について世間があれこれ注文、話題にすることもない、そんな悠長なことを言っているレベルの問題ではない訳だ。

 (2)すでに政府の原発事故影響評価区域の見直しにより、元の自宅に帰宅することを諦めた地域もあり、50%が自宅再建の見込み、目途もなく、20%が仕事も見つからない状態で、30%が今後の生計の目途も立たない年末、新年を迎える被災地の実情だ。(直近メディア・アンケート)

 東電の補償問題も自ら招いた複雑化でスピード感がなく、この期に前首相は国会は休むヒマ
などないと言って辞任、現首相、政府は緊急な課題を残したままほとんど機能しない臨時国会を早々に閉会しての「収束宣言」だから、この政治インバランス(imbalance)こちらの方が問題だ。

 (3)機能しないのは国会だけではなくて政府、首相の思考判断の方で、「思考停止(suspension of thinking)状態」宣言をしたも同じの体たらくを見せた。
 原発に依存しないシフトのドイツでは、すでに再生可能エネルギー量が原発エネルギー量を上回ったとの報道もあり、日本の取り組み、方針、設計の遅れはあきらかだ。

 政府は来年度予算から核燃料サイクル研究開発費を25%(100億円)削減するとしたが物足りない。狭い国土に50数基もある原発の安全(停止・廃炉も含めて)対策、研究に重点シフトして、エネルギー政策の転換改革スピード化を促進すべきだ。

 放射性物質の除染問題も、現在の土層除去、洗浄『ひと回り』だけで済むのか、科学的除去方法の開発はないのか、未来設計、展望が見えずに疑問は残るままだ。
 縷々(るる)そういう中での政府の原発事故収束宣言のミスマッチ(mismatch)だった。

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橋下アンチテーゼ支持率。 support as an anti-these

2011-12-21 19:36:52 | 日記
 (1)市長選での売り言葉に買い言葉で、閉そく政治に独裁も必要と言った大阪市橋下新市長が正式就任のあとの引き継ぎも早々に3日間の東京「出張」に出かけた。大阪都構想の実現のために、法律改正(現在は首都のみが都制を名乗れる)のための国会の協力が必要で、各政党の協力を取り付けるためだ。

 圧倒的な市民、府民の支持を背景に期待され、求められている自らの実行力、突破力を十分アピールする3日間になった。大阪都構想は前向きな行政改革政策のように見えて、実は今のところ橋下さんが主張する概念は、効率化による利益「率」優先主義の「内向き」の政策だ。

 東京に次ぐ人口比率の高さながら、県民平均個人所得は全国5位と地盤沈下の顕著な大阪、関西圏をどう建て直すのか、府庁、市庁改革のみの強権性で政策実績のない「危うさ」も含めた橋下新市長、維新の会の実行力、突破力に市民、府民は期待している構図だ。

 橋下さんへのこの圧倒的な大阪の期待はどこから来ているものなのか。

 (2)大阪のロケーション(location)を考えると、①まず、東京、名古屋の手ごろな湾の先は開けた太平洋が広がる海上交通、貿易交流のロケーションの良さに比較して、大阪は湾の入り口に四国が立ちふさがり、その間に淡路島が居て(四国、淡路島に責任はないが)手狭な感じで使い勝手が悪い印象だ。

 ②内陸に目を向ければ、東京、名古屋は放射線状に180度広がる地理的経済圏を有しているが、大阪は周囲を古代からの歴史的古都の奈良、京都、そして港湾都市の神戸に囲まれている。近代化、経済産業化に一定の制約を受ける古都の奈良、京都が関西地域経済進行をブロック(block)する構図だ。

 ③国内交通システムの大動脈の新幹線は、東京、名古屋、京都はJR在来線の集結する総合駅に乗り入れて利便性が強く、一方大阪はJR在来線の総合駅の大阪駅から離れた新大阪駅止まりだ。東京、名古屋の駅周辺の整然と区画された都市化に比較して、大阪駅周辺の再開発事業が進んだとは言え混然とした使い勝手の悪い駅周辺の印象だ。

 ④研究教育でも、東京、名古屋、京都の大学機関からはノーベル賞授賞研究者を多く輩出しているが、大阪の大学機関からはまず記憶になくて、橋下府政の時に危機感から意図的に強権的な教育基本条例をまとめて教育再建を目指したほどだ。

 ⑤それでも人口比率が全国2位で、東京一極集中に目をそむけるアンチテーゼ(anti - these)としての「大阪人気質」が圧倒的な橋下支持を支える、やはり橋下さんの実行力、突破力へのパラドックス(paradox)としての「危うさ」への「アンチテーゼ支持(support as an anti-these)」だ。

 (3)橋下さんは、大阪都構想を足がかりに関西圏の「州」構想への進化を目指していると言われており、アンチテーゼとしての「大阪人気質」を効率化、利益率の「内向き」志向だけでない、より発展的な「前向き」の行政改革につなげて、生かしていけるのか、その「変化」が大阪再生のポイントだ。

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