ヌマンタの書斎

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自動車はいつまで乗れるのか

2017-02-16 12:27:00 | 社会・政治・一般

果たして石油は、いつまで採取できるのだろうか。

石油の埋蔵量情報くらい、当てにならないものはない。信頼に値する情報でないことは、素人でも分かる。ただ、確実に原油の埋蔵量自体は減っているのだろう。地球上に残された最後の原油は、おそらく北極海の海底と、南極大陸に残されているだけではないだろうか。

いずれにせよ、限りある資源である以上、いつかは枯渇する。その時が来たら、社会は大きく変貌することを余儀なくされると思う。なんといっても、現代文明は石油を燃やすことで成立している以上、その石油の枯渇は大問題である。

石油は化学製品にもなるが、何よりもガソリンとして動力エンジンを動かす燃料として活用される。船や飛行機もそうだが、なにより自動車の燃料として普及していることが大きい。

我々現代人は、果たして自動車という魅力的な移動手段を諦めることが出来るのだろうか。その懸念があるからこそ、近年に至りハイブリッド車や電気自動車、水素自動車などが開発され、実用化を目指すようになったのだと思う。

私の予想では、石油以外の発電所を十分備えた一部の国以外では、自動車は姿を消す可能性が高いと思う。鉄道が交通手段の主流となり、汽船などの船舶も活用されるだろう。

自動車は、十分に電気を供給できる一部の国でのみ、生き残るのではないかと想像している。では、世界の大半は、個人の移動手段として、自動車以外に何を選択するのだろうか。

近距離なら自転車でいい。しかし、自転車は道を必要とする。荒野においては、自転車は必ずしも理想的な移動手段とはなり得ない。そうなると、馬が復活するのではないかと、私は予想している。

自動車や鉄道が登場する以前は、馬こそが人類でもっとも普及した移動手段であった。もっといえば、近代以前では、馬を駆使した文明が、人類の主流であったと云えないこともない。

現代文明は、農耕社会から都市を発達させて、産業革命により飛躍している。だから、騎馬民族を軽視する傾向が強いが、古来騎馬文明こそが、人類の交流と発展を促す中心的存在であった。

馬という移動手段がなかったら、広大なユーラシア大陸の東西交流、あるいは東西侵略は不可能であったであろう。一応書いておくが、侵略あるいは戦争は、如何に道徳的に否定しようとも、人類の技術発展に大きく寄与している。

特に鉄器の普及には、戦争が大きく貢献している。加工が容易な青銅器とは異なり、鉄の加工にはかなりの技術的進歩が必要となる。鉄は農業に於いて、耕作を大きく発展させ、農業生産力を大きく伸ばした。

また鉄製の武器を備えた軍隊と、青銅器製の武器を備えた軍隊が戦えば、前者が圧涛Iに有利となる。鉄の精錬技術が、どこで確立したのかは未だ確定していないが、小アジアもしくは中央アジアであった可能性が高い。どちらも騎馬民族の棲息地帯であり、騎馬民族はその鉄製の武器をもって世界各地を侵略し、簒奪した。

その騎馬民族に襲われた地域では、必然的に鉄器の有効性が認識され、買いとったり、盗んだりして、鉄器は世界各地に普及する。馬という移動手段をもった民族こそが、鉄器の普及者であった。

ところで、その馬を乗りこなすのは容易ではない。当初は、ただ乗るだけで大変であった。馬具のない馬に乗るのは至難の業だ。モンゴル人などの遊牧の民でさえ、裸馬に乗るのは苦労する。

実はその馬具の発明は、人類史にとっては、後の三大発明(羅針盤、活版印刷、火薬)に匹敵する重要なものであった。鐙に足を乗っけることにより、馬上で武器を振り回すことが可能になった。轡があるからこそ、馬を目的の方向に動かすことが出来た。そして、蹄鉄を打ったからこそ、長距離の移動が可能になった。

騎馬民族は単に侵略するだけでなく、交易もするし、文化交流の役割も担った。ユーラシア大陸の歴史を語る上で、彼ら騎馬民族なしの歴史はありえない。それほど、馬と人類は密接な関係にある。

現代でも、車が入りづらい南米のアンデス高原や、中央アジアの山岳地帯では、馬が主要な移動手段になっている。石油がなくても、馬は動く。3千年以上にわたり、人類の交通手段であった馬は、石油の枯渇とともに、再び復活するかもしれないのです。

コメント (3)
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