夏目雅子さん
今年9月で没後25年を迎えた夏目雅子。
大女優への道を歩みながら
骨髄性白血病により27歳という若さで逝った。
比類のない美貌は死後ますます輝きを増し、
多くの人の心の中から離れない。
何より素晴らしいのは
鋭い感受性をもった情熱的な俳人としての才能で、
個性的で美しい俳句をいくつか、残している。
手垢のつかない珠玉のような言葉の数々は、
25年という歳月に磨かれ、
いま永遠の輝きを放とうとしている。
「星花火」の明かりに導かれるまま、
鑑賞の旅に出てみよう。(敬称略)
間断(かんだん)の音なき空に星花火
死期まぢかのある夜、
締め切った病室の窓から望む花火は、
音こそ聞こえないが、
間断なく次々に打ち上げられて、
それは星のように美しく輝いて心に残った。
最愛の夫伊集院静に抱きかかえられて、
東京信濃町の慶応病院の病室から眺めた
神宮外苑の花火。
いかなる解釈も峻拒する、奇跡の一句。
モーツァルトのジュピターシンフォニーが響いてくる。
夏めきし 青蚊帳(あおがや)の肌 なまめいて
今ではもう見る事もなくなってしまったが
戦後しばらくはどこの家でも使っていた青蚊帳。
夏になると、その中に布団を敷いて休み、
蚊に刺されるのをふせいでいた。
ここでうたわれる家では、まだ、
夜に部屋に蚊帳をつって休んでいたと思われるが、
彼女の句には他に
「青蚊帳にいつしかとなく落日」の句もみられる。
もしかして趣味的な趣向でつっていたのかもしれない。
部屋の中にもう1つ陰影のある空間が出現し、
つややかな青い蚊帳越しに
人の肌の色艶もなぜかなまめいて見える。
男と女の情事の後を見事な遠近感で描ききっている。
恋猫や なよやかになく間夫(まぶ)の宿
道ならぬ恋の男の家で、ひと休みしていると、
なよなよと猫が甘えて鳴いているのが聞こえてきた。
あるいは自分を恋する猫に例えているのかも知れない。
間夫の宿というのは、
ホテルの1室と考えてもよいと思う。
「恋猫」とは「さかりのついた猫」の意味で
春の季語でもあるが、彼女らしい素晴らしい表現で、
「間夫」の宿というのも時代がかっていて、
そのコントラストが大胆で面白い。
表現によっては、下品になりがちな、
エロティックなシーンをさりげなく詠んでいる。
自由律俳句
5,7,5の定型にとらわれず、自由、気ままに表現する俳句をいう、季語も要らないという説もあるが、通常は1句1律で内容に即した律を持つ俳句と解釈したい。
「~かな」、とか「~なり」の古典的用語は使わず現代口語で表現するのも特徴といえる。
明治末期、俳句雑誌『層雲』を萩原井泉水が創刊して確立された。
夏目雅子は、この形態の俳句も幾つか作っていて、大正期の著名なさすらいの俳人 種田山頭火が好きだったようだ。
種田山頭火の句
酔ってこほろぎと寝ていたよ。
酒をのんで、したたかに酔ってしまい、
気がついたらこおろぎの鳴き声の中で
眠ってしまっていたようだ。仕方のないものである。
雲水姿でさすらう山頭火の、こおろぎに
語りかけるような優しい心が感じられる句である。
分け入っても、分け入っても青い山
生い茂る草をかき分けながら、いくら進んでいっても、
山は青くそして、深く、道は果てしなく続いているものだ。
「分け入っても、分け入っても」と
動作を重ねる事によって、山の深さを実感させる句である。