温泉クンの旅日記

温泉巡り好き、旅好き、堂社物詣好き、物見遊山好き、老舗酒場好き、食べ歩き好き、読書好き・・・ROMでけっこうご覧あれ!

塩沢温泉 福島・二本松

2006-10-22 | 温泉エッセイ
  < 壁の向こう >

 風花がふわふわ舞っているなと思っていたら、岳温泉を過ぎたあたりから小雪に
変わった。東北道が福島県にはいって、突然の天気雨となり、大きな虹をみた。
不思議な天気である。

 無数の雪片が、重みがあるのだろう、風に吹かれて斜めに走り落ちている。
 このままひと晩降ると積もるだろうか。すこし心配になった。雪道の運転でその
昔に怖い経験があるから大嫌いなのである。だから冬は伊豆ぐらいしか車では行か
ないのだ。
 だいじょうぶだろう、根拠もなにもないがそう思い込むことにする。とにかく
久しぶりの温泉だから、あきらめるわけにはいかない。
 向かうのは安達太良山の山腹にあるブナ林の中の宿、塩沢温泉「湯川荘」であ
る。



 宿は正面からみると横長の二階建てのかなり古びた建物だったが、通された部屋
はあんがいと小奇麗でひと安心する。しかも嬉しいことに二階の明るい角部屋だ。
最近リフォームしたのかもしれない。
 部屋の空気はすっかり冷え切っていた。
 暖房をいれてもらい、着替えもせずにさっそく温泉に向かう。

 暖かげな湯気に満たされた浴室。内風呂はごつごつした岩を組み合わせた風呂だ
った。ほかにひとはいない。
 三杯ほど桶で掛け湯をしてから、湯舟にゆるゆると身体を沈める。一見広くみえ
たが岩が邪魔するので、三人ほどがちょうどいいぐらいの大きさだ。無色透明、
あっさりした泉質である。単純温泉。熱めであるのがありがたい。温泉好きのわた
しにはどんな山海の珍味にまさる、なによりのご馳走だ。とくに今日みたいな寒い
日は。明日はもっと冷え込むと聞く。明日の出立までに何度でもこの馳走を堪能さ
せてもらおう。

 ううう、ぷはあー。思わず声とため息がでる。

 ただ昨日と同じありふれた今日をおくる、そんなことでも薄紙を重ねるように
疲れはたまるのだろう。しばらくすると、澱のようにたっぷり溜まった疲れたちが
溶けはじめ、荷物をまとめ扉をあけて出て行く気配がする。湯にはいると吸う息
より吐く息が長くなる。息からも、飛び去っていく奴らの背中が見えるようだ。
 もちろん抱えているあれこれの悩みまで消えることはない。でも、疲れや気鬱が
晴れるぶん、ちょっぴりチカラが湧くのである。

 露天もふたりも入ればいっぱいの岩風呂だった。泉温は内湯とくらべるとかなり
ぬるい。外気温が低いからだろう。湯から出ている身体があっというまに冷えて、
あごまで浸かるしかない。頭にのせた濡れたタオルがたちまち冷え切り、しずくが
首筋に垂れて、あわてて岩の上に移す。



 静かだ・・・。湯壷に注ぎ落ちて弾ける湯音だけが響く。

 露天のまわりにひろがる景色は、葉をきれいさっぱり落とした、骨組みだけの樹
木の集団であった。
 灰色の空がふるい落としたふぞろいの小雪が、ところどころ群れをなして流れて
いる。
 誰かがきたら交代して熱めの内湯にはいりなおそうと思っているのだが、なかな
か来ない。顔を包む空気のあまりに寒さに、出る決心がなかなかつかないでいる。

「あなた、そこにいるの?」

 露天風呂の仕切り越しに女性の声がかかり、どきっとする。
 きっと、まだ男湯の内湯にいる連れの男性と勘違いしているのだろう。
 たしかに耳をすますと、壁の向こうで水音がした。薄い仕切りのすぐそこにひと
の気配があった。なまめかしいような妙な気分である。手を伸ばせば届くような
距離に裸の女性が確かにいる・・・のだ。

「ごほん、えへん」
 よっしゃー、そろそろ出るかあ。小さく呟くと妄想を振り払うように二、三度
咳払いをして、顔に湯を盛大にばしゃばしゃ掛けると勢いよく立ち上がったので
あった。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« そんなに見つめないで! | トップ | 上海餅 サービス・エリア »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

温泉エッセイ」カテゴリの最新記事