昨日はろくに掃除もしていない、何も出ない我が家にいちご会のメンバーが集まってくれました。
今なら「やりたくてもできないのよ」と、何でも許される
仲間の一人、Oさんから「早めに行って掃除機掛けようか?」って言ってもらったけど
「どうせなら帰りに掛けて行って」なんて言う始末、
食器だって普段使いで十分だし、前もって準備なんかしなくても勝手に食器棚から出して
ほんとに気を遣わなくていいので楽、皆さんもそこがいいのかな?
いろいろ持ってきてくれたので私はお茶とコーヒーを出すくらい
退院後お惣菜を届けてくれたFさんはまたお得意の野菜料理を持ってきてくれました。
私が太らないように気を遣ってきた、そうです。
でもごめんなさい、すっかり元に戻ってしまいました
もちろん歩き出して筋肉も少しずつ付いてきましたから・・でもやっぱり食べ過ぎ?
だって、家に帰ってきたらなんでもおいしいし、お酒もビールもやってますからね
さて、昨日です。
いちご会はもう30年来の地域の仲間ですが、今では地元に残ったのは私を含めて3人
あとの4人はそれぞれ引っ越して、それでもこうして集まってきます。
神戸に住んでいるNさんはさすがに来られませんが、逆に入院中は何度もお見舞いに来てくれました。
このNさんが一番年下で、まだアラ環、次がFさんと私で、最年長が今年古希を迎えたTさん
ということで先日の敬老の日、テレビから盛んに流れていた「65歳以上の老人人口は・・・」の下り
65歳以上老人がNさん以外全員になりまして、話題と言えばご多分にもれず、病気のことと、今後の話
幸いと言っていいのか、言い辛いのですが、神戸のNさん以外は全員が親の介護から卒業できました。
もっとも、私みたいにまったく縁のなかった苦労知らずもいますが
ほとんどの人は多かれ少なかれ経験してきました。
親を見送った後は孫の面倒をみて、今まさに真っ最中の人もいますが、孫はいいんです。
いずれ成長するし、最終的に自分には責任がない
そうなると自分ですよね、もちろんその連れ合いのことも心配ではありますが、
話題の中心は自分のこと、
女性は長い間、自分のことは二の次、三の次、この年になってようやく自分自身に
目が向けられるようになったということなのでしょうか
そもそも「もう感じ悪いよね、65歳以上の老人人口増加ってニュース」から始まった
わたしもあれ?って言う感じで気になりましたけど、世間一般では65歳は老人なのか?
そうよね、まず国民年金支給されるし、介護保険料しっかり支払わなくちゃ、だし
今回の入院でも若い皆さんから言われてしまいました。
「65歳以上と以下では医療費ちがうんですよ」って、知らなかったわ
それでも街中インタビューで「老人というのは何歳からと思いますか?」と聞かれて
65歳という人はほぼいない
自分自身もそんな気はないしまだこれからと思ってるからこそ大変な手術も受けたわけだし
今年70歳になったTさん、町田市民なんですけど1年で1000円支払うと都営バス、都営地下鉄無料になるんですって
これも年金等の個人収入によるらしいですけど、横浜市はそんなに甘くないですよ。
話はその先の病院、老人専門病院、介護施設、特養の話まで、それぞれ自分の親の体験を踏まえて経験談を聞かせてくれました。
参考になりますね。
結論は結局お金が大事、お金のない人はぎりぎりまで自分で生活できるよう健康に気を付けるしかない
なんだか寂しい、むなしい話になってしまいました、先のことなんてだれも予測できませんから
思えば約30年前は小学校のPTAから始まって、子供たちの進学問題、夫婦のトラブル、自分の仕事、
そして子供の結婚、独立、親の介護、夫の退職後、等々、そして今に至るわけで
それぞれ多少の回り道はあるものの、今でもこうして付き合っていられるということは
その時その時を必死で乗り越え、踏ん張ってきた証拠
これからいったいどんなふうになっていくのかしらね。
自分では老人なんて思ってなくても体は確実に老化していく、
そういえば確か30代から40代になるとき、”おばさんといい女の境目”なんて話題がありました。
私なんか無駄な抵抗と思いながら、10年位決心のつかなかったピアスを開けました。こんな程度です。
結局みんな普通のおばさんになってしまったけど、ま、そのほうが楽だったし、
いい女になるにはそれなりの覚悟が必要だったしね
そういう視点からだと65歳は何の境目なんだろう
面白いのは私も含めて、40代頃不安定だった自分の立場が、今では全員腹が据わっていて
怖いもの知らずになっていること
久々に揃ってためになる話が出ましたね。
これからもその時その時を問題提起して、少なくなった知恵を絞り出し合って行きましょう。
誰かが言ってたけど、「老後誰からも束縛されないでみんなと一緒に暮らしたいわ」
ほんとにこんなことができたらね、理想です。現実も実現も厳しいわ
今なら「やりたくてもできないのよ」と、何でも許される
仲間の一人、Oさんから「早めに行って掃除機掛けようか?」って言ってもらったけど
「どうせなら帰りに掛けて行って」なんて言う始末、
食器だって普段使いで十分だし、前もって準備なんかしなくても勝手に食器棚から出して
ほんとに気を遣わなくていいので楽、皆さんもそこがいいのかな?
いろいろ持ってきてくれたので私はお茶とコーヒーを出すくらい
退院後お惣菜を届けてくれたFさんはまたお得意の野菜料理を持ってきてくれました。
私が太らないように気を遣ってきた、そうです。
でもごめんなさい、すっかり元に戻ってしまいました
もちろん歩き出して筋肉も少しずつ付いてきましたから・・でもやっぱり食べ過ぎ?
だって、家に帰ってきたらなんでもおいしいし、お酒もビールもやってますからね
さて、昨日です。
いちご会はもう30年来の地域の仲間ですが、今では地元に残ったのは私を含めて3人
あとの4人はそれぞれ引っ越して、それでもこうして集まってきます。
神戸に住んでいるNさんはさすがに来られませんが、逆に入院中は何度もお見舞いに来てくれました。
このNさんが一番年下で、まだアラ環、次がFさんと私で、最年長が今年古希を迎えたTさん
ということで先日の敬老の日、テレビから盛んに流れていた「65歳以上の老人人口は・・・」の下り
65歳以上老人がNさん以外全員になりまして、話題と言えばご多分にもれず、病気のことと、今後の話
幸いと言っていいのか、言い辛いのですが、神戸のNさん以外は全員が親の介護から卒業できました。
もっとも、私みたいにまったく縁のなかった苦労知らずもいますが
ほとんどの人は多かれ少なかれ経験してきました。
親を見送った後は孫の面倒をみて、今まさに真っ最中の人もいますが、孫はいいんです。
いずれ成長するし、最終的に自分には責任がない
そうなると自分ですよね、もちろんその連れ合いのことも心配ではありますが、
話題の中心は自分のこと、
女性は長い間、自分のことは二の次、三の次、この年になってようやく自分自身に
目が向けられるようになったということなのでしょうか
そもそも「もう感じ悪いよね、65歳以上の老人人口増加ってニュース」から始まった
わたしもあれ?って言う感じで気になりましたけど、世間一般では65歳は老人なのか?
そうよね、まず国民年金支給されるし、介護保険料しっかり支払わなくちゃ、だし
今回の入院でも若い皆さんから言われてしまいました。
「65歳以上と以下では医療費ちがうんですよ」って、知らなかったわ
それでも街中インタビューで「老人というのは何歳からと思いますか?」と聞かれて
65歳という人はほぼいない
自分自身もそんな気はないしまだこれからと思ってるからこそ大変な手術も受けたわけだし
今年70歳になったTさん、町田市民なんですけど1年で1000円支払うと都営バス、都営地下鉄無料になるんですって
これも年金等の個人収入によるらしいですけど、横浜市はそんなに甘くないですよ。
話はその先の病院、老人専門病院、介護施設、特養の話まで、それぞれ自分の親の体験を踏まえて経験談を聞かせてくれました。
参考になりますね。
結論は結局お金が大事、お金のない人はぎりぎりまで自分で生活できるよう健康に気を付けるしかない
なんだか寂しい、むなしい話になってしまいました、先のことなんてだれも予測できませんから
思えば約30年前は小学校のPTAから始まって、子供たちの進学問題、夫婦のトラブル、自分の仕事、
そして子供の結婚、独立、親の介護、夫の退職後、等々、そして今に至るわけで
それぞれ多少の回り道はあるものの、今でもこうして付き合っていられるということは
その時その時を必死で乗り越え、踏ん張ってきた証拠
これからいったいどんなふうになっていくのかしらね。
自分では老人なんて思ってなくても体は確実に老化していく、
そういえば確か30代から40代になるとき、”おばさんといい女の境目”なんて話題がありました。
私なんか無駄な抵抗と思いながら、10年位決心のつかなかったピアスを開けました。こんな程度です。
結局みんな普通のおばさんになってしまったけど、ま、そのほうが楽だったし、
いい女になるにはそれなりの覚悟が必要だったしね
そういう視点からだと65歳は何の境目なんだろう
面白いのは私も含めて、40代頃不安定だった自分の立場が、今では全員腹が据わっていて
怖いもの知らずになっていること
久々に揃ってためになる話が出ましたね。
これからもその時その時を問題提起して、少なくなった知恵を絞り出し合って行きましょう。
誰かが言ってたけど、「老後誰からも束縛されないでみんなと一緒に暮らしたいわ」
ほんとにこんなことができたらね、理想です。現実も実現も厳しいわ