Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

折り紙の現課題と原体験

2006-07-16 | 文化一般
折り紙名人の会がハイデルベルクで開かれた。折り紙は、ある程度世界中で知られている。国際折り紙科学芸術学会と云うのも存在するらしい。

例えば数学畠では、MITのエリック・デュメーン氏の研究が有名なようだ。少なくとも二次元平面の重ね合わせから多面体の幾何への発展は誰でも直感出来るであろう。多面体の凸状が折られた平面によって出来上がる事を、更にアルゴリズムとしてそれを解析していくことの複雑さを印象出来れば、折り紙の数学的課題は殆ど想像出来た事になろう。

折り紙の定義なども中々難しいが、特に英国ではフリードリッヒ・フレーベルの幼児教育に折り紙を用いた事から、逆輸入されて我々も幼稚園で折り紙に馴染んだ歴史は重要であろう。

折り紙芸術や工芸専門家の方を談笑しても、折り紙の世界はここで簡単に一望で切るほど単純ではないことが分かった。まあ、科学的にも大変興味ある発想を得る事が出来ると云う意味では数独以上で、折り紙素人としても刺激される事が多かった。

八十歳になる加藤三郎名人は、全盲ながら今尚世界中を駆け回って、折り紙を通じて文化交流をされている。流石に慣れたものである。本日はまだ訪れていないマセドニアに飛び立った。我々の知っている羽ばたく蝶などは古い時代からの折り方に氏の動くアイデアを加えたものらしい。

さて我が折り紙体感は、少数派の成人男性として、その中でも恐らく唯一の幼稚園折り紙経験者としての時空を超えた旅であった。お手伝い頂いた同じ様に参加されたご婦人方の手解きを受けながら何とかついて行く事が出来た。それでも少しでも気を抜くと折り方が解らなくなり、最後の仕上げで思うように「ちょうちょの羽」が開かないなどと出来の悪い幼稚園児振りを曝してしまった。そう思うと中級篇へと難しくなってくると遅れまいと汗を掻きながらの奮闘となるのである。

あれほど折り目正しく試みたのに、出来上がりの形が悪いなど不満足と劣等感に苛まれ、幼稚園児当時のレヴェルを一歩も踏み出ていないような気持ちを抱いたのである。ご婦人方もそれを見て、トラウマに囚われていると講評されるその通りであった。

それにしても還暦にも到底至らないような男が幼稚園児のように折り紙に興じてしまう我に、そしてあの時と今も殆ど意識の変わらない我に気がついて思わず愕然としてしまった。まるで、あの時の幼稚園のお気に入りの美しい先生を困らせたその光景にトラップしてしまう不思議な体験をさせて頂いた。それはデジャブでは決してなく、窓から光が差し込むまさにあの時の光景なのだった。
コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする