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この映画を10年待った・・・西川美和監督・『永い言い訳』

2016-10-31 06:54:00 | 映画
 



西川美和監督 『永い言い訳』


■ ミニシアター系の映画は「腐りかけたイチジク」 ■

日ごろアニメファンを自称している私ですが、正直に白状すると本当に好きなのは「優れた実写映画」です。ただ、「優れた実写映画」には年1本程度しか巡り会えません。

学生時代は食費を切り詰めてミニシアター通いをしていましたが、いつからか「どれも同じ様な映画」に感じる様になり、実写映画への興味は薄れてしまいました。どの作品も「ほんの少しの差異」を生み出す事に腐心している様に思えたのです。

これ、円熟したジャンルは必ず陥る現象で、例えば能や狂言の「上手さ」や「下手さ」などは素人には分かりませんし、クラシック音楽だって現代曲になった時点で一般の人には何が良いのかすら分からない物になっています。

実写映画も同様で、特にミニシアター系の作品は「現代小説」同様に、世界から隔離され、ひたすら作家の内なる世界に籠る傾向が強くなります。そういう作品を見ると「ああ、又か・・・」と思ってしまうのです。

私がアニメに惹かれるのは、表現として「未熟」である点が大きい。これ、ジャンルとしての未熟さもありますが、何よりも表現者が若くて「未熟」な事が魅力となっています。「これをしてはいけない」とか「こんな表現は幼稚で恥ずかしい」などという自己規制が極めて少ない。だからどんなにバカラシイと思える作品でも、時折搾りたてのレモンの様なハッとする表現に出会う事が出来ます。

これが実写映画、特にミニシアター系の作品ともなると「腐りかけたイチジク」の様な匂いを発散する・・。たまに初期の園子温の様な青いマンゴーみたいな作家も現れますが、やはり次第に腐臭を発する様になります。

■ 渋柿の様な西川美和 ■

邦画、洋画問わず、ちょっと腐りかけたシリアスな映画の中にあって、少し風味の異なる監督として頭に浮かぶのは西川美和監督です。と言っても、劇場で『ゆれる』を2回見ただけですが・・・。

私の西川監督の印象は「渋柿」。人間の見せたく無い面をゴロリと転がして来る。それは包丁で切ってもいない。ただ、ゴロリンと観客の目の前に転がす。しかし、その転がし方は完璧にコントロールされていて、ヘタを上にするのか、ヘソを上にするのか、コロコロと転がすのか、グラグラゴロンと転がすのかが彼女の上手いところ。

それをどう味わうかは観客次第。ただ、美味しそうだとおもって不用意にかぶり付くと「渋い」。とても「苦い」。

『ゆれる』では一見「いい人」に見えた香川照之の魂の暗部に観客は唖然とします。それこそ渋柿を噛んだ後の様な表情で劇場を後にする・・・。

だから、西川美和は素晴らしい監督だとリスペクトすると同時に、私はなるべく敬遠したい監督の筆頭でした。その後の作品は『ディアドクター』すら見ていません。

■ 竹原ピストルという「最強兵器」 ■

そんな私が西川監督の新作を観たいと思ったのは・・・竹原ピストルを起用しているから。そして、彼女自身が「再生の物語」を作ったと語った点。

竹原ピストルは歌手ですが、彼を知る人は少ないでしょう。学生時代はボクシングでそれなりの選手だった様ですが、北海道の大学時代にキーボードの濱埜 宏哉と『野狐禅』というフォーク・デュオを結成します。1999年から2009年まで活動した後に、あまり売れる事もなく解散、ソロとなります。います。

竹原ピストルは「現在の日本で最高のミュージシャンで詩人」だと私は断言します。自分の貧しい生活の3m範囲から生まれて来る歌詞は、やるせなくて、せつなくて、そして優しい。ザックリと鷲掴みした指からこぼれ落ちるような言葉達は、心に突き刺さった後にジンワリと温かさを伝えてきます。

彼の紹介記事を以前書いたので紹介します。

この人が評価されない日本は間違っている!!・・・竹原ピストル『カウント10』

とにかく、立っているだけで、呟いているだけで心にグサグサ・ジンワリ来る竹原ピストルを本木雅弘と組ませて映画を撮るというのだから・・・これは見ずして居られようか!!

さらにこのキャストですから・・。



■ 妻が死んでも泣けなかった男の再生の物語り ■

ちょっとネタバレ注意

作家の衣笠幸夫は、鉄人衣笠と同じ本名である事をコンプレックスに感じる様に男。彼には20年間連れ添った妻がいるが、彼の興味は自分にしか向いていない。彼は、自己中でナルシスト。

そんな彼の前から突然妻が消える。高校来の親友と参加したバスツアーでバスが真冬の湖に転落したのだ。妻の死を知らせる電話が鳴る部屋で、彼は不倫相手とイチャツイテいた・・。留守電から聞こえる警官の東北訛りをバカにして笑った後、彼は妻が死んだ事を知る。(この落差・・・素晴らしい)

現地で遺品を確認し、警察から妻の事を色々と質問されても、彼は妻の事を正確に答える事が出来ない。何を着て出かけたのすら見えていなかったのだ。そして、彼は妻の死に際しても「泣けない」。葬式でそれらしい弔辞を読みTVの視聴者の涙を誘った後で、彼はネットでその反応を確認する。彼は妻が死んでも自分を見ている。

そんな彼の電話が突然鳴る。「幸夫君、幸夫君だよね」と馴れ馴れしく呼びかける面識の無い男は、事故で死んだ妻の同級生の夫。トラック運転手をしている。彼は妻と一緒にに妻の夫が出て来る番組は全て録画していたと言う・・・。

妻の親友の夫という、無学で不躾な男とその小6の息子、幼稚園年長の娘と食事をする事になった幸夫だが、彼らは無作法で別の世界の住人。ただ、その時、ある事をきっかけに幸夫はトラック運転手の子供達を週二回世話をする事になる。

子供の居ない彼にとって、子供の一挙一動は興味深いものであると同時に、彼は戸惑いながらも子子供達に愛情を感じ始める。次第に心を開く子供に、彼の捻くれた心が次第にほぐされてゆく。しかし、それはやはり自己満足や自己欺瞞にすぎないのかも知れないと、彼も薄々は気づいている。自分がどうしようも無い自己中野郎だと自覚しながらも、彼は子供やガサツなトラック運転手との触れ合いにある種の救いを見出し、それを免罪符とする・・・。

■ 腐った渋柿から種が芽を出す話 ■


トラック運転手や子供達は彼を「幸夫君」と呼ぶ。彼は「幸夫」という名を嫌っていたのに、なぜか「幸夫君」と呼ばれる事がきっと心地良く感じている・・・ここら辺がこの話の転換点の様な気がします。

始めは幸夫のイヤな面をさんざ見せられて観客は不快さを感じます。これは腐った渋柿みたいな味。(腐った渋柿は渋くはありませんが、キモチ悪い・・・)ところが、グジュグジュに腐った柿
の種は、必死に新芽を出そうとしていた。そんな、話で後味が良い。

■ 本木雅弘ってこんなに上手かったっけ? ■

この作品、見るべきは衣笠幸夫を演じた本木雅弘の演技。エーー、これがモックン?!って驚愕します。

『おくりびと』の本木雅弘は、演技をしている様で演じてはいなかった気がします。抑制が効いていたので、上手く見えていた。

ところが『永い言い訳』の彼の演技は、役所広司のそれに近い。イヤらしい中年男の味が滲みだしています。もう、汁っぽいというか、脂っぽいというか、加齢臭っぽいというか・・。多分、撮影の為に10Kg程度太ったのでは無いかと思えるダラシナイ体系もイイ。

そして、モックンらしい「はにかんだ」表情が効いています。ちょっと困った様に笑う。

■ フィルムを占拠する竹原ピストルの存在感 ■

一方、トラック運転手を演じる竹原ピストルは…下手だ。怒った様な表情から一転ニヤリとするシーンなどは、監督の要求だろうが、もう少しシームレスに表情を変えられないものかと突っ込みを入れたくなる。セリフ回しも最初は素人のそれだ・・・。「演じる」という点では子役たちの方が数段上手い。

ところが、中盤からフィルムを彼の存在が侵食して行く。これ、幸男の心が侵食されているのとシンクロしているのだけれど、彼は役を演じているというよりは、わが物顔でフィルムの上に「存在」し始める。無作法で、直情的で、温かい竹原がそこに居る。

これが竹原ピストルという男の「存在力」である事を知っていて西村監督は彼を起用しているのだけれど、監督も役者もスタッフもそして子役も彼の存在に引き付けられていくのがフィルムから伝わって来る。

こうして「上手く演じて」いる本木と、そもそも「演じられていない」竹原のギャップが役柄としての彼らとシンクロして観客はもうスクリーンから目が離せない。

■ 10年間待ち続けた映画 ■

『ゆれる』から丁度10年。私はこの映画を待っていたような気がする。「実写映画」はこれだから侮れない。

西川監督と竹原ピストルの対談が面白い

http://otocoto.jp/interview/nagai-iiwake/




<追記>


■ 映画を観るのに、こんなに走ったのは初めてだ ■


ところで、優れた作品の御多分に漏れず、上映館数や上映回数が少ない。イクスピアリで観ようとバスで出かけたが、ネットで調べると上映2時間以上前なのにネット予約は終わっています。悪い予感がしたので、千葉の京成ローザで観る事に。

しかし、上映開始まで時間があまりありません。バスを途中で降りて新浦安駅まで1Km程を猛ダッシュ。千葉駅を降りて京成ローザまでやはり1Km程を猛ダッシュ。映画を観るのにこんなに疲れたのは初めてです。

走った甲斐があって劇場はガラガラ・・・。まあ、映画好きしか来ないですよね。特に地方の劇場ですから。


ちなみに、向かいのスクリーンで掛かっていたのは『聲の形』。『永い言い訳』を観た後に、こちらにもう一度入りそうになりました。今年最高の二作品が並んで上映されているのは壮観。



最後に、幸夫のマネージャを演じた池松 壮亮(いけまつ そうすけ)。何者?上手すぎ・・・。