
■ 志村貴子かと思った ■
現在、マンガの世界で独特のポジションを築いているのは志村貴子だろう。
少年少女の「不安定な性」を描かせたら彼女の右に出るマンガ家は少ない。志村貴子の描く世界は『放浪息子』も『青い花』にしても、トランスジェンダーなどという重いテーマとは対象的に「ふんわり」とした印象を受ける。
志村貴子は『アルドノア・ゼロ』のキャラクターを担当した事でもファンの記憶に新しいが、今期アニメの『月がきれい』は、キャラクターといい、作品の雰囲気といい、志村貴子としか思えない物がある。だから、このオリジナル作品のスタッフ欄に彼女の名前が無いと気付いた時の私の驚愕は大きい。
■ 岸誠二の表現力の幅の広さに驚愕する ■
しかし、私はスタッフロールで再び驚愕する。何と監督が岸誠二なのだ。最近では『暗殺教室』や『ダンガンロンパ』といったエッジの立った作品が目立つ岸誠二であるが、私にとっては『瀬戸の花嫁』の名監督である。
いずれの作品も「アニメならではのエッジの強さが際立つが、私は彼の演出の「緩急」が好きだ。ドタバタの直後にホロリとさせられるアニメが得意とする演出の真骨頂を見る事が出来る。
ところが、『月がきれい』は対照的に志村貴子的な輪郭の細い作品である。話も淡々と進行する。これを岸作品だとは、言われなければ気付かない。本作で岸監督は、「新海誠なんて人いたっけ・・・」と思わず悪態を付きたくなる程のナイーブな演出を見せつける。
監督としての彼の表現の幅の広さは尋常では無い。そして、その両極においてパーフェクトである事に驚愕する。
■ 中学生の「「ありのままの時間」を映像化する手腕 ■
物語は川越の中学に通う、小説を書くオタクな男子と、陸上部で注目されるも、少し内気な女子の物語らしい・・・。
「らしい・・・」と歯切れの悪い表現をするのは、開始2話において彼らに主人公らしい事件は起こらない。同じクラスで、ファミレスで近くの席になり、ドリンクバーで鉢合わせになる・・。これだけで一話が完結する。
そう、「完結」してしまうのである。普通の作品なら5分で描く内容を、20分以上掛けながら話は全く進展しない。現代アニメとしては、或いはドラマも含めて現代の映像表現としては異例のテンポの悪さである。
しかし、そのテンポの悪い1話の20数分の何と「濃密」な事か・・・。岩井俊二の『花とアリス』や『リリイ・シュシュのすべて 』に似た、「単調ながら濃密な時間」を視聴者は味わう事が出来る。
しかし、これを「評価」するのは、様々な映像表現を観て来た私の様な重度な「オタク」であって、一般のライトユーザーでは無い・・・ハズである。しかし、アニメ嫌いの家内ですら、「アンタ、こんな中学生の観る様なアニメ観てキモイ」と言わずに一話目をチラ見していた。
この作品の中には、私達が「かつて経験した中学生という時間」が流れている。そして、現在進行形の中学生にとっては、「自分達のアリノママに時間」が濃密に流れているのだ。
これはテンプレ表現を得意とする現代アニメの「対局」に存在する唯一無二の作品である。
■ 空気に徹する ■
今後、どういう展開になるか予想も付かない作品であるが、岸監督は「空気を作る事」に徹している様に見える。
これは簡単な様で実に難しく、現代アニメの表現に慣れた若いスタッフにそれを理解させる労力を思うと気が遠くなる。
「空気は見えない」・・・故に「描く事が出来ない」。しかし、空気は現実的にも私達の周りを満たしていて、人にとって不可欠なものである。その重要でありながら、普段は意識もされない「空気」を、どうやってアニメという二次元に閉じ込めるかの実験を岸監督はしているのが本作で試みる。
ジブリや新海作品では背景が空気を生み出す。しかし、今作では登場人物の呼吸を通じて視聴者に空気を感じさせる。
ゼーゼーとか、ハーハーとか、或いはクンカ、クンカでは無く、ちょっとした息遣いを巧みに描いている。フッ・・とか、ハァ・・とかそんな微妙な息遣い。それを声優が声で演じるのでは無く、何となく絵から感じ取らせる。
未だ始まったばかりで、これからどういう展開になるか全く分からないが、私はこの作品から目が離せない。
<追記>
今期アニメも始まったばかりですが、とりあえず1話を観れた作品は・・・
『有頂天家族』は突出して素晴しい。
『サクラクエスト』はPA worksの「働く女の子」シリーズの最新作ですが、実写ドラマにしてゴールデンタイムで放映したら結構な視聴率を稼ぐであろう内容。大人が楽しめる作品。
『恋愛暴君』は3話までこのテンションが持つのか不安ではあるが、とにかく1話は捧腹絶倒。OPの田中秀和の曲はエンディングで驚愕。
『俺のいもおとがこんなに・・・』と同じ原作の『エロマンガ先生』は仕掛けとしては面白いが、原作者が脚本も担当する事で、『おれいも』における倉田脚本が如何に素晴らしいかを再認識させる。(思わず『おれいも』全話見直してしまい寝不足)
『Id-0』は『ガッチャマンクラウズ』を思わせる演出だた、久しぶりの谷口悟朗監督。期待。SFとして面白くなるかがカギかと。
『正解するカド』は『シンゴジラ』で面白さが再認識された官僚の世界を描く0話目は面白かったが、SF設定の本編で・・・その面白さが継続出来るか興味津々。
後は『進撃』2期、『弱ぺダ』など・・・かな。
今期は「切る」作品に困りそうな予感。