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映画・演劇のレビュー

小川糸『食堂かたつむり』

2008-06-13 23:33:58 | その他
 1日1組しか客をとらない食堂。事前にお客に来てもらいじっくり面談したうえで、レシピを考える。相手のためだけのオリジナルメニューの料理を考え、誠心誠意のおもてなしをする。ここで食べるだけで、人を幸せにする。そんな料理。それは自分の喜びのための料理でもある。お金儲けのためではない。今、ここで生きているということを実感するために働いている。自分の店を持ち、自分の持てる力を最大限に発揮して生きる。

 恋人に裏切られ、全てを失い、ふるさとに帰ってきた。15のときに家出したまま一度も帰らなかった実家に戻ってくる。どうしても合わない母親が住む家に帰る。極度のショックから声までも失い、生きる希望もない、そんな25歳の女性が主人公だ。料理を作ることだけが生きがいだった彼女は、ここで自分の店を出すことにする。

 ここを訪れるひとりひとりを、たった一度の食事が癒していく。その真心こもった料理が、相手に人生すら変えてしまう。だが、別に大それたことをしているわけではない。当たり前の事をしている。だけど、気付くとその当たり前のことを、僕らは日常の繰り返しの中で見失っている。そんな僕らにこの小説は静かに、染み渡るように、その大切なものを思いださせていく。

 母親との確執が、ほぐされていき、心を通い合わせることになるラスト(それは、母親の死に直結するのだが)部分が素敵だ。どうしても分かり合えない2人が、いつの間にか心を開く、という定番ではない。突然の母の病い。それ以上に突然の母が生涯想いを寄せ続けてきた初恋の男性との再会。そして、2人の結婚という急展開を通して、母と娘が初めて心を交し合う奇跡のラストシーンが素晴らしい。

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