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映画・演劇のレビュー

『ベルファスト』

2022-04-03 10:39:19 | 映画

今年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた作品の中で、この映画が一番好きだ。小さな映画だけど愛おしい。最優秀賞を受賞した『コーダ あいのうた』も同じように小さな町を舞台にした小さな映画だったが、この映画は小さいだけでなく、そこに懐古趣味のノスタルジアが前面に押し出され、世界が狭い。そこが欠陥だ。だけど、そんな欠点を補って余りあるのはここに描かれる優しさだ。少年を包み込む愛。この町で生きることの喜び。それがこの映画には溢れている。

1969年、北アイルランドの町ベルファスト。宗教上の問題や民族間の対立からの暴動、破壊活動を背景にして、幼い少年の目に映る周囲の光景が描かれる。これは監督であるケネス・ブラナーの少年時代の記憶が描かれた映画だ。鮮やかなカラーで描かれる冒頭、現在のベルファストの点描から始まり、一気に50年前のベルファストの街並みのスケッチへ移り変わる。そこで描かれるモノクロの映像が美しい。だが、穏やかで幸福そうなそんな思い出の時間が一転する。そんなのどかな町並が、いきなりの激しい銃弾や暴力で破壊されていく暴動が描かれる。

だが、こんな悲惨な出来事が描かれていくにもかかわらず、この映画はある意味「きれいごと」だ。事実はリアルではなく美化され描かれる。思い出の中ではすべてが美しいからだ。お母さんはいつだって正しいし、凛としている。お父さんはロンドンに出稼ぎに行き2週間に一度しか会えないけど優しい。宗教上の対立から激化する一方的なテロ。危険で安全にはもう住めなくなったこの町からやがて彼らの一家は出ていかざる得なくなる。祖父の死を描くエピソードを経て、ラストでは、年老いた祖母(ジュディ・リンチ!)を残して一家はロンドンへと引っ越していく姿が描かれる。

9歳の少年の視点から、少年が見たもの、感じたものが描かれるのだが、それをもっと広い視野から描いたなら、これは傑作になったはずだ。だが、敢えてそうはしない。映画はきれいな思い出の光景として閉じてしまっている。もちろん悪くはないのだが、そのことが少し惜しい。この映画を見た後、懐かしい映画(僕の生涯ベストワン作品だ!)浦山桐郎監督の『キューポラのある街』を思い出す。ケネス・ブラナーはあの映画のようには作れない。


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