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映画・演劇のレビュー

大阪新撰組『夜に浸みいる朝がくる』

2009-10-27 23:29:44 | 演劇
 恒例の新撰組アトリエ公演。今回は「ことのは」の関川佑一さんを作家として迎えての会話劇に挑戦する。時代遅れのアングラ芝居を標榜する新撰組がしっとりしたドラマを淡々としたタッチでみせる、はずもない。

 「なにをやってもアングラになってしまう(らしい)」と自らチラシに書いてしまう自虐的なところが彼ららしい。それを売りにしたはずの本作なのだが、いろんな意味で興味深い作品に仕上がった。

 もっとさらりと流したならいいのに、やはり感情的になってしまって大きな声を張り上げて見せるところが、一見リアルではない。しかし、そこにこそ新撰組のリアリティーがあると思わせてしまうところがいい。感情は抑えたりはしない。自分たちの気持ちに忠実にし、それをストレートにぶつけてくるところから見えてくるものをきっちり見せる。そこにリアルを見出そうとする。

 今回はしっとりとしたお話を見せてくれる。男と女のやるせない話だ。大人向けの芝居なのだが決してべたにはならないし、あっさりもしない。不思議なテンションを最初から最後まで持続する。とても丁寧に作られた芝居だ。ガード下のおでん屋。そこにやってくる人たちと店主とのやりとり。常連さんはここの味を持ち上げる。とてもおいしいからもっとたくさんの人に知ってもらいたい、と。この味を広めるために食品メーカーがチェーン店化の話を持ちかける。だが、店主は断る。断固として拒絶する。この味はここでしか味わえないもので、自分の手でお客に届けたいから、と。そんな頑固な男と、事情があって今では別れている彼の妻との話を交錯させて描いていく。なんだか降旗康男監督、高倉健主演の映画を思わせる設定だ。

 登場人物は7人だけ。敢えて話も広げない。70分という上演時間は最初からある制限だ。アトリエ公演はその中で見せれるものを見せる。自由な実験はするが、無理はしない。その抑えたところがいい。

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