ウイング再演大博覧會2024参加作品。今回の再演博のトップバッターを飾る。くじら企画の進化形、「シン・クジラ計画」の第二弾。大竹野正典が亡くなってからもう15年になる。
今回取り上げる作品は出版された『大竹野正典劇集成』には収録されなかった作品である。地味なストーリー展開で少しわかりにくいかもしれない。そんな作品を後藤小寿枝演出で取り上げた。深沢七郎(フカサワヒチロー)の無為の放浪を描く。
ヒチローはある事情から東京を離れ北海道をさすらうことになる。彼は今、行商人が泊まる小汚い木賃宿にしばらく泊まっている。そんなある日ひとりのチンピラと出会う。話はそこから始まる。
行商人たちは彼を自分たちの仲間として受け入れて付き合ってくれる。ヒチローはこの居心地のいい場所で何をするでもなく無意な時間を過ごす。
しばらくの間この芝居を見ながら、いつまでもこの芝居が何を描こうとするのかがまるで見えてこないことにだんだん不安を抱くことになる。何も起きないことがこんなにも不安を募らせるのに驚く。僕たちは芝居や映画にストーリーや意図を求めているのか、と改めて認識する。だからそんな手続きをしないこの作品はある種の脅威である。
そんなこんなで、この主人公、飄々としたヒチローを戎屋海老が演じた。2001年の初演では南勝が演じていた。南さんの凄さはまるで何もしていないようにそこに存在するところにある。今回の戎屋さんも同じように何もしないでいる。もどかしいくらいに。だから彼と向き合うことになる若いチンピラはイライラする。この役を今回大竹野春生が見事に演じた。ヒチローは当然彼の苛立ちをさらりと受け止める。このふたりを中心にしてドラマは進む。
さらにはこのふたりを囲むキャスト。曲者揃いの上手い役者たちを集めた。ヒチローと彼らとの掛け合いに魅了される。笑わせる。
もちろん居心地のいいここにずっと止まることは叶わない。行商人たちが去り、やがてヒチローもさらなる旅に出ることになる。ここからのラストが素晴らしい。いきなりヒチローは孤独の淵に追い立てられる。幻のように彼を包み込んでくる影の中心に立ち、チンピラに刺される。一体何が起きたのか、わからない。彼は何から断罪されたか。まさかのラストで僕たち観客は突き放される。
これはたしか初演時にはあまり評判がよくなかった作品である。大竹野の意図が明確に見えてこないもどかしさがあるからだ。だが、そんな焦燥こそがこの作品の意図であることに改めて気づく。