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映画・演劇のレビュー

樋口有介『11月そして12月』

2025-02-03 17:40:00 | その他
久しぶりの樋口有介の新作?って、感じで気になって手に取ったけど、そんなわけはない。彼は数年前に亡くなっている。この作品は95年4月に刊行され、2009年に文庫化された作品である。本の最後を見て確認した。というか、そこにちゃんと明記されていた。だがなぜ今頃再び単行本となって再発売されたのか、わからない。その経緯はどこにも書かれてないけど、気になって手にした以上、まず読み始める。

読みながら、これは昔の小説だな、と思う。古い。90年代の初めに書かれた小説だということがなんとなく伝わってくる。バブル後の時間。20世紀の終わり。まだ携帯が浸透していない頃。

ある家族の話だ。大学を中退してふらふらしてる22歳の青年が主人公で、彼が家族のトラブルに巻き込まれていき、ひとり奮闘するお話。そこに淡い恋愛も絡んでくる。山田太一の『岸辺のアルバム』や『それぞれの秋』という70年代の傑作ドラマを想起させる。さらには先日是枝裕和監督によりリメイクされた向田邦子の『阿修羅のごとく』にもつながりを感じさせる家族劇である。

今この懐かしい感触の小説を新刊として再発売した意図はわからないけど、この大きなドラマは何もない家庭だけの内紛劇をあの頃の小倉一郎を思わせるぼんやりした青年のほとんど独りよがりの奮闘で描くこの作品は何故か新鮮だ。核家族が崩壊していく前の世界がここには描かれる。

読みながらこれは昔読んでいるかもしれないな、と思った。樋口有介だから,読んでいても不思議じゃない。30年前に書かれて、出版されたのだから。

ある年の11月から12月までの短い期間の出来事である。姉の自殺未遂、父の不倫騒ぎ、自分の淡い恋心。その年の終わりの2ヶ月。3つの出来事はすべて不倫と関わり合いを持つ。彼は姉、父、恋人(まだ、出会ったばかりの女性で、恋人未満)の3人の不倫騒動(疑惑も)に巻き込まれる。しかもほんの数日の間に。

彼女の住む町は赤羽。僕は数年前たまたま赤羽のホテルに2泊したことがある。いつものように朝は町歩きをしたから駅周辺はよく知っている。ただこの小説に描かれる90年代前半から時間はもう30年が過ぎている。周りも赤羽自体も変わったことだろう。この小説自体が実際にタイムスリップしたみたいに、しかも自然に(描かれたのはリアルタイムの90年前半である)あの頃の光景である。あの頃書かれた小説だから当たり前だけど。その落差はあるけどなんだか親近感もある。まぁ、だから何なんだ、とは思う。

姉は不倫を清算し、母は静岡の実家に戻り、父も浮気を解消したのか? 家族はバラバラになったけど、この先どうなるかはわからない。主人公の僕は彼女を見送り、自分も新しい出発を目指す。こんな話だけどドラマチックを排して、さらりと描かれる。読み終えて何故かとても新鮮な気分になった。

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