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映画・演劇のレビュー

朝井リョウ『世界地図の下書き』

2013-11-03 00:35:09 | その他
施設で暮らす子供たちを主人公にした長編小説。こういう題材を朝井リョウが手掛けるなんて、意外だ。だが、それがまた、とてもいい。今までの自分と同世代を主人公にした学園ものとは一線を画する。

小学3年生の時、この施設に預けられた太輔。同じ班の4人の子供たちとの交流。最初はまるでなじめない。だが、6つ年上のお姉さんである佐緒里をひそかに好きになる。このプロローグのエピソードの後、6年生になった彼の、夏から翌春までの約半年間のドラマが綴られる。

 今ある状況がずっと続くわけではない。ここでの日々がカウントダウンしていく。高3になった佐緒里がここから出て行くまで。自分に何ができるのか。自分だけではない。佐緒里だけでもない。みんなそれぞれひとりぼっち。そんな当たり前のことに初めて気づく。今まで自分のことしか、見えてなかった。少しずつ大人に近づいているのだ。そして、目の前の別れ。

どうしようもないことがある。子供の力ではどうにもならない。いや、大人だって同じだ。世の中は自分の思うようにはいかないことばかりだ。でも、そこで逃げてはダメだ。きちんと立ち向かっていくこと。理不尽な世の中に負けたりしない。

だが、この小説は、同時に「逃げなさい」ともいう。嫌なことに立ち向かっていくのではなく、逃げてもいいんだ、と。逃げた場所にはそこにもまた、いろんな風景が広がっている。世界はあなたが今いるそこだけではないのだから。でも、実際は彼らには逃げ場はない。でも、そんな彼らがそう言うから、この小説は説得力を持つ。

逃げれるのなら、逃げてもいい。大切なことは自分が自分らしく生きられることだ。これは当たり前のいい子ちゃんたちのお話ではない。傷付きながらも、懸命に生きている子供たちの話だ。生き残るためには、逃げることも大事なのだ。この世の中にはとんでもないやつがたくさんいる。そんな奴は何を言っても通じない。話せばわかるわけではないからだ。でも、そんな奴もいるこの世界で僕たちは生きなくてはならない。もちろん、みんながみんな、酷いわけではない。いい人もたくさんいる。そんなこんなの、人と人とのかかわりあいの中で僕たちは生きている。

こんなにも素直な気持ちになったのは、久しぶりのことだ。まだ若い朝井リョウが、真摯な気持ちで、子供たちの目の前の壁を描く。彼らが戦う姿を目撃することで、僕たちもまた、彼らのようにきちんと戦わなくてはならない、と思わされる。子供に教えられることばかりだ。



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