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映画・演劇のレビュー

『鹿の王』

2022-02-07 13:34:26 | 映画

2015年本屋大賞を受賞した上橋菜穂子によるファンタジー小説の映画化。僕はファンタジーは苦手でこういう「冒険もの」も得意ではないから、本屋大賞受賞作であるにも関わらずこの映画の原作小説は読んでいない。それに映画にもあまり期待はしていなかった。だけど、度重なる公開延期で、とうとうこの時期まで上映できないという現状の中でのようやくの公開である。なぜ、ここまで遅れたのかも気になっていたので見に行ったのだが、思った以上の出来で感動した。正直言うとほとんど期待していなかったので、パスせずに見に行ってよかった。この手の映画でこんなにも素晴らしい作品は他にないだろう。

3度の公開延期を経てようやくの劇場公開である。ほんとうに不幸な映画だ。内容が微妙なだけに仕方なかったのかもしれないけど、それにしても、ここまで延期してのこんな今での公開というのも大概だ。あまりに時期が悪い。でも、これ以上の延期は不可能だし、追加で必要な宣伝費だってばかにならなかったはずだ。これだけの大作である。ちゃんとヒットさせたい。なのに、売り方がとても難しい。

『もののけ姫』に匹敵する秀作なのだから、安易な売り方はできない。でも、この映画の魅力を伝えるのは困難だ。映画自体どの客層をターゲットにしたらいいのか、よくわからない。子供には難しすぎるし、若いアニメ好きにアピールするのも難しい。『もののけ姫』には近いけど他のジブリ映画とはテイストが違う。大人にアピールするしかないのだけど、今、これを売るのは難しい。未知のウィルスに感染して多数の死者が出るなんていうお話はあまりにタイムリー過ぎて敬遠されるだろう。しかも、そこが大事なポイントではないし。きっと思ったような興行収益はあげられないことだろう。でも、映画は期待以上の傑作だ。見て損はない。

 

1時間53分の上映時間である。これだけの内容でこのランタイムというのはあり得ない。しかも、ストーリーを追うことで手一杯になることはない。悠々たるタッチで丁寧にしっかりと描かれていく。膨大な原作なのに、これだけの大人数の登場人物と複雑な設定を混乱させることなく描いている。もちろん、相互の関係性や人物相関図がきちんと頭に入ったわけではない。だが、なんとなく理解できるし、途中からは3人の主人公たちによる道中記になるから、わかりやすい。ユナを探しての旅だ。主人公はユナではない。3人の主人公のヴァンを堤真一、医師ホッサルを竹内涼真、ヴァンを追う謎の女戦士サエを杏が演じる。(もちろん声優としてだけど)彼らのアンサンブルプレイである。核心部分がはっきりしているから、映画はぶれない。

お話はふたつの国の争いから始まるのだが、そこで描かれるのは善悪の対決とかいうような単純なお話ではない。両者の関係性が単純ではなく、さらには複数の集落の部族や、その上、狼や鹿が出てきて彼らがお話をリードしていくことになる。さらには死の病の蔓延を防ぐためのワクチンを作ることもお話の骨格を担うのだけど、そんなこんなが複雑に絡まりあっていく。でも、そんなそれもこれもがある一点に集約されるから映画は実にわかりやすい。一番大事なポイントはヴァンが幼いユナを育てたいと願うその想いだ。そんな単純な想いがこの壮大な物語を引っ張っていく。世界を救うための第1歩がそこにある。

これだけの壮大なスケールの作品なのに、とっ散らかることはなく、ストレートで、わかりやすいって凄いことだ。しかもお話がどこに向かうのか最後まで見えないのも凄い。最後まで集中が途切れることがない。台本は岸本卓。(初めて見る名前だ。)安藤雅司と宮地昌幸が共同で監督した。バランス感覚が素晴らしい。


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