どうしても北京が見たいと思って、06年1月、思い立ってすぐに旅立った。きっかけはジャ・ジャンクーの『世界』という映画を見たからだ。05年12月に見た時、これは何があっても今すぐ北京に行かなくては後悔する、と思った。1日でも早く行かなくては、もう、かっての北京はなくなる。こんな気持ちになったのは生まれて初めてのことだった。
だが、空港に降りたった時から、実は行く前とは別の後悔ばかりが襲った。冬の北京の寒さもさることながら、北京を甘く見すぎていた。台湾や韓国とはここは違う。故宮横の公衆トイレに入った瞬間、そのあまりの恐ろしさに腰が引けてしまった。桁外れの寒さの中、王府井まで歩く。
夜の人通りの途絶えた街を歩きながら、こんなに暗くて何もないところの先に本当にホテルがあるのか、と思ったり。フートン(胡同)の凄さに驚く。迷路のような町を何も考えずに歩いた。足の趣くままに。そのうち、あまりの寒さに膝がおかしくなり、まともに歩けなくなったりもした。書き出せばもう、きりがない。
ひとつひとつが衝撃だった。旅に出ると、基本的には自分の足で歩く。初めての町は、必ず端から端まで歩いて確かめなくては気が済まない。電車とバス、地下鉄を使う。台北の地下鉄なんてほぼ全ての駅を通ったし、かなりの駅でも降りたのではないか。自分の足で確かめる。それはどこに行っても同じだ。
と、いっても僕は基本的には旅は嫌いだ。アウトドア派ではなく、インドア派。本で知るほうがいい。読んで行ったつもりになる、というのが基本。遠くに行きたいとは思わない。そんな僕がどうしても行きたい、と思ったのがあの時の北京で、あれから2年半。あの時見たことが今、いろんな面で、中国を考えるときの手助けとなっている。
急速な勢いで取り壊されていく町。かっての北京はオリンピックにより、壊されてしまった。完全に壊されてしまう直前の町を見に行きたかったのだ。70年代の終わり頃から、30年間、たくさんの映画を通して見てきた北京。その慣れ親しんだ町を自分の目と足で歩いてみたかった。
前門周辺の凄まじい破壊の跡を目にして震えた。区画ごとに取り壊されており、瓦礫の中、一応道だけがある。古い町並みのすぐ傍にそんな廃墟があるのだ。書いていたらきりがない。
この本は、星野博美さんが今から20年前、アメリカ人の友人マイケルと2人で香港から、中国を旅した日々の記録である。彼女の驚きの旅がここには綴られてある。僕は北京市内を5日間見ただけだが、しかも今から3年ほど前のことだが、それでも20年前に彼女が受けた衝撃の一端がとてもよくわかる。
このルポルタージュはたんなる記録ではない。個人的な体験が、あの頃の中国を正確に捉えている。人の心を壊してしまうような体験。だが、これは中国を否定するものでは当然ない。彼女の中国への愛が、そこで生きる人たちの姿を目撃することで、いいところも、悪いところも含めて、丸ごとその真実を受け止めていく魂の軌跡を描いている。
列車の切符が手に入らないで、まともに移動すらできない。何時間も並んで、それでも無常に「切符はない」と言われる。不条理ばかりが横行する。でも、それが中国であることは日本で暮らしていてもわかる。
急速な近代化の中で、見た目は、どんどん変わっていく。だが、世界の中心である中国に降り立ち、ほんの数日歩いてみただけで、その凄まじさは身に沁みた。上海や香港を見た時も、そのベースには北京があった。いつもまず、あれと較べてしまう。列車での旅は快適になっている。だが、ここに書いてある異様な雰囲気はとてもよく理解できた。人がうじゃうじゃ溢れていて、もの凄い荷物を持って、列車に乗り込んできて、凄まじい状態でゴミを出して食べ散らかしていく。テーブルの上も下もゴミだらけになる。大体何が驚いたと言って、列車の外の景色がまともではない。ゴミ袋が空を飛び交っているのだ。最初は「あれは何だ?」と思った。そしてそれが棄てられたゴミ袋だと知ったとき、ありえない、と思った。
星野さんは広州からシルクロードまで、中国を横断していく。彼女は名所旧跡を見てどう思ったか、なんて一切書かない。彼女はいかにして切符を手に入れたか、硬座がどれだけ凄いのか、列車での移動のことをひたすら書く。精神を破壊し尽し抜け殻みたくなる2人のこの旅は中国のひとつの本質を見事に捉えている。
僕は 陳凱歌の『黄色い大地』を見て、中国に出会った。82年のことだ。そして、05年、ジャ・ジャンクー『世界』を見て、すぐに中国に行った。中国のことを考えていると、それだけで何時間でも時間が過ぎてしまう。80年代後半の今では幻となった中国を描いたこの本は僕にとって今年一番と収穫なった。
だが、空港に降りたった時から、実は行く前とは別の後悔ばかりが襲った。冬の北京の寒さもさることながら、北京を甘く見すぎていた。台湾や韓国とはここは違う。故宮横の公衆トイレに入った瞬間、そのあまりの恐ろしさに腰が引けてしまった。桁外れの寒さの中、王府井まで歩く。
夜の人通りの途絶えた街を歩きながら、こんなに暗くて何もないところの先に本当にホテルがあるのか、と思ったり。フートン(胡同)の凄さに驚く。迷路のような町を何も考えずに歩いた。足の趣くままに。そのうち、あまりの寒さに膝がおかしくなり、まともに歩けなくなったりもした。書き出せばもう、きりがない。
ひとつひとつが衝撃だった。旅に出ると、基本的には自分の足で歩く。初めての町は、必ず端から端まで歩いて確かめなくては気が済まない。電車とバス、地下鉄を使う。台北の地下鉄なんてほぼ全ての駅を通ったし、かなりの駅でも降りたのではないか。自分の足で確かめる。それはどこに行っても同じだ。
と、いっても僕は基本的には旅は嫌いだ。アウトドア派ではなく、インドア派。本で知るほうがいい。読んで行ったつもりになる、というのが基本。遠くに行きたいとは思わない。そんな僕がどうしても行きたい、と思ったのがあの時の北京で、あれから2年半。あの時見たことが今、いろんな面で、中国を考えるときの手助けとなっている。
急速な勢いで取り壊されていく町。かっての北京はオリンピックにより、壊されてしまった。完全に壊されてしまう直前の町を見に行きたかったのだ。70年代の終わり頃から、30年間、たくさんの映画を通して見てきた北京。その慣れ親しんだ町を自分の目と足で歩いてみたかった。
前門周辺の凄まじい破壊の跡を目にして震えた。区画ごとに取り壊されており、瓦礫の中、一応道だけがある。古い町並みのすぐ傍にそんな廃墟があるのだ。書いていたらきりがない。
この本は、星野博美さんが今から20年前、アメリカ人の友人マイケルと2人で香港から、中国を旅した日々の記録である。彼女の驚きの旅がここには綴られてある。僕は北京市内を5日間見ただけだが、しかも今から3年ほど前のことだが、それでも20年前に彼女が受けた衝撃の一端がとてもよくわかる。
このルポルタージュはたんなる記録ではない。個人的な体験が、あの頃の中国を正確に捉えている。人の心を壊してしまうような体験。だが、これは中国を否定するものでは当然ない。彼女の中国への愛が、そこで生きる人たちの姿を目撃することで、いいところも、悪いところも含めて、丸ごとその真実を受け止めていく魂の軌跡を描いている。
列車の切符が手に入らないで、まともに移動すらできない。何時間も並んで、それでも無常に「切符はない」と言われる。不条理ばかりが横行する。でも、それが中国であることは日本で暮らしていてもわかる。
急速な近代化の中で、見た目は、どんどん変わっていく。だが、世界の中心である中国に降り立ち、ほんの数日歩いてみただけで、その凄まじさは身に沁みた。上海や香港を見た時も、そのベースには北京があった。いつもまず、あれと較べてしまう。列車での旅は快適になっている。だが、ここに書いてある異様な雰囲気はとてもよく理解できた。人がうじゃうじゃ溢れていて、もの凄い荷物を持って、列車に乗り込んできて、凄まじい状態でゴミを出して食べ散らかしていく。テーブルの上も下もゴミだらけになる。大体何が驚いたと言って、列車の外の景色がまともではない。ゴミ袋が空を飛び交っているのだ。最初は「あれは何だ?」と思った。そしてそれが棄てられたゴミ袋だと知ったとき、ありえない、と思った。
星野さんは広州からシルクロードまで、中国を横断していく。彼女は名所旧跡を見てどう思ったか、なんて一切書かない。彼女はいかにして切符を手に入れたか、硬座がどれだけ凄いのか、列車での移動のことをひたすら書く。精神を破壊し尽し抜け殻みたくなる2人のこの旅は中国のひとつの本質を見事に捉えている。
僕は 陳凱歌の『黄色い大地』を見て、中国に出会った。82年のことだ。そして、05年、ジャ・ジャンクー『世界』を見て、すぐに中国に行った。中国のことを考えていると、それだけで何時間でも時間が過ぎてしまう。80年代後半の今では幻となった中国を描いたこの本は僕にとって今年一番と収穫なった。