窪美澄の短編集。これはある診療内科に通う人たちの抱える物語。窪美澄なのに甘いし優しい。いつもキツい話ばかりという印象があるからなんだか意外だった。短編連作というスタイルも珍しい。ひとつひとつの話が書き込みが淡い。余白がたくさんあるし、結論も曖昧。この先どうなるかなんてわからないから。でもきっとなんとかなる。そう信じられる。これはそんなお話。心を病んでしまったら、ここに来ればいい。さおり先生と旬先生がいるから安心。ふたりがちゃんと話を聞いてくれる。それだけで立ち直るから。
数年前、もうこれはダメだな、と思ってしまった。仕事の帰り道、毎日死にたいと思った。もちろん本気じゃない。だけど、心が折れていた。定年退職まで後1年。頑張ってせめてそこまで、と思って無理していた。毎朝5時に起きて、母親の家に行く。6時から母親の面倒を見て、ご飯を食べさせてから7時に出勤。クラブ活動を終えて8時に帰宅。少し早く帰れた日は母の家に寄って、お世話する。遅い日も寝ているかを確認する。そんな毎日だった。最後の担任クラスは2年になっていた。クラスもクラブも楽しかった。同僚にも恵まれた。だから卒業まで頑張るはずだった。なのに心が折れていた。あの頃、よく最後まで頑張れたなと思う。もちろん表には出さなかった。明るく元気なフリをして毎日を乗り越えていった(はず)。
そんな数年前のことを思い出しながら、この本を読み進める。ただ、4話まで読んで少し中だるみするな、と思って休憩した。翌日5話から最後まで読む。うまい展開に舌を巻く。5,6話でお話の核心に突入する。そこまでの4人たちの話もそうだが、第5話のこの心療内科の夫婦の話を読みながら、これはあの頃の自分だと思った。心を病んでしまった人たちと向き合うのは僕の仕事だった。なのに、本人の自分が病んでしまったら本末転倒だ。今なら笑える。仕事を辞めて(終えて)今は毎日好きなことをしている。だけど、やってることはあまり変わらない。やはり今だって誰かの応援をして、手助けすることが好き、みたいだ。変わらない。
さらには6話で、「純喫茶・純」の主人である純さんのお話になる。この5、6話が実は描きたかったことなのだろう。1話から4話までの1話完結短編連作から、一気に長編作品モードに突入する。さらには1話の澪ちゃんの話に戻ってくる。ここに出てくる人たちはみんな心を病んでいる。そしてそれを克服する。ある種の夢のお話だろう。現実はこんなふうにうまくいかない。だけど、こんな夢を描いてもいいじゃないか、と思う。小説ならではの力がそこにはある。