このタイトルはピアノのことだ。主人公は調律師。彼がピアノに魅せられてこの道を進み、そこで出会った少女の音に魅せられる。それは森だ。実際の森の中で暮らしてきた彼が、そこを出て町で暮らし、再びそこに戻る。その、「そこ」とはピアノの、彼女の奏でる音だ。森で生きる、森で暮らす、そこに確かにある響きだ。森の放つ音。森の雰囲気。森の匂い。
少しずつ、彼は調律師として成長していく。周囲の優しい先輩たちの仕事を通して、ピアノが作る世界を知る。そこに近づいていく。高校生の頃、たまたま体育館で調律の仕事を見た。ただ、それだけで、彼は自分の進むべき道を決めた。それしかないと思った。卒業後、専門学校に入って、やがて、就職する。決められていたことのように、何の迷いもなく、今に至る。信じた、というわけではない。ただ、目の前にできた道を歩んだだけ。
才能なんかあるかどうか、わからない。どちらかというと、ない。自信なんか、ない。でも、生きていくんだ、と思う。好きだから、というのとも違う。もっと根源的なものだ。魅せられた。そうとしか、言いようがない。理屈ではない。わからないまま、でも、こうしていたいと願う。一流のピアニストのサポートが出来たならいい、とか、そういうのではない。地位とか名誉と、そういうんじゃない。だいたいピアニストではなく、調律師なのだ。誰も、あのピアニストの弾くピアノの調律をした人、なんて気にもしない。
ただ、あの音のそばにいたい。あの音の助けになりたい。大切なものがある。それを守りたいと願う。そのためにできること。自分が何のためにここにいるのか。自分が生きていてもいい、という理由。大好きだった祖母が亡くなった時、2つ違いの弟と一緒に森を歩いた。自分は弟のようにみんなから愛されてなかった、と思っていた。期待されてない、と。でも、それは明らかに違う。ふたごの女の子の奏でるピアノを愛した。でも、ひとりはピアノを弾けなくなった。でも、彼女(たち!)はその事実を受け入れて、生きる。この森の先には何があるのだろうか。まだ見ぬ世界に向けて彼らは歩み始めた。