彼女はこの日介護施設に入居する。これまでひとりで生きてきたけど、もうそれも叶わなくなった。この日、住み慣れた自宅から出ていく。
もうひとりの主人公は彼女を施設まで送り届けるためにやってきた中年男。42歳。タクシードライバーである。タクシーに乗って彼女は最期の場所に向かう。彼は彼女を送り届ける。パリの郊外の介護施設までの時間。彼女のおしゃべりを聞かされる。うんざりしながら仕方なく相槌を打つ。ほんとうはそれどころではないのだ。借金の返済が迫っているけどめどは立たない、ようだ。3時には施設に到着する予定だった。だけど、渋滞に巻きこまれたり、彼女の思い出の場所に立ち寄ったりしているうちにどんどん時間は過ぎていく。いや、それより何より彼女の話に引き込まれていく。これまでの波乱の人生。パリの街をタクシーは走る。午後から夜まで。
やがて彼はこの一日を愛おしく思う。同じようにこの人生を。そして何よりもまず彼女の人生を。施設からはどうしていつまでたってもやってこないのか、という苦情が届くが無視して、ふたりはそれからゆっくり一緒にディナーに向かう。人生を楽しむ。この1日を満喫する。
これは甘い映画だ。そしてこれはリアルではなくある種の寓話だ。だけど、そこには人生のすべてが詰まっている。彼女のような波乱万丈の人生ではなくても生きていれば誰にだっていろんなことがある。この女性のたどった数奇の運命。それほどではなくても、きっと誰にも多かれ少なかれそんなこんなのドラマがあることだろう。
ラストは予想通りの展開が待っている。彼は妻を連れて彼女に会いに行く。だが、かのは昨日亡くなっていた。重い心臓病(だったんだ!)で亡くなった彼女からの手紙。まさかの(予定通りの!)ハッピーエンドがうれしい。さらには16歳の初めての恋が。彼と甘いダンスをして口づけをするエンディングが心地よい。