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映画・演劇のレビュー

『チャイルドコール 呼声』

2014-04-13 21:12:40 | 映画
 どこに向かって話が進んでいくのか。着地点が見えない映画だ。彼女がなぜ、こんな風になったのか。その出会いによってどう変わって行くのか。ホラーすれすれで話は展開していくのだが、とてもリアルで、誰もがこんな風になる可能性はある。とても身近な問題でそれも怖い。

 ノルウェーの鬼才と呼ばれているらしいポール・シュレットアウネ監督作品。彼の作品は今まで日本には入ってきていなかったが、昨年この作品と『隣人』が同時に劇場公開された。確かにこれはすごい。こんなにも緊張感の持続する映画はなかなかない。日常の何気ない描写なのに、ドキドキさせられる。初期の中田秀夫作品(『仄暗い水の底から』や『リング』)を思い出させる。だが、先にも書いたようにこれはホラー映画ではない。

 児童虐待をテーマにする。父親の(夫の)虐待から逃れて、不安に駆られながら暮らす母と子のお話。だが、最初は彼女がなぜそこまで怯えているのかわからない。病的な彼女のほうに何か問題があるのではないかと思わせる。彼女が出会う電気製品の量販店の店員が、彼女を救うのだが、彼もまた、問題を抱えている。二人は同じ病に冒されている。彼と息子が重なり合う。彼は息子が成長した姿なのだ。時空を越えて出会う。現実と妄想との境目があやふやになる。

 チャイルドコールによって、出会うことになる。ここではない、どこかの声。そこでもまた虐待がなされているのなら、なんとかして食い止めたい。しかし、それは彼女の妄想でしかないなら、どうすればいいのか。自分でも自分がわからない。無口な子供の存在がこの映画をさらに不気味で魅力的なものにしている。この少年がどういうスタンスを指し示すのかがあやふやなので、何を信じたらいいのかすらわからなくなる。でも、それは観客を混乱させるためのものではない。彼女が精神を病んでいくのはここにはいない夫の影に怯えているからだが、体に刻み込まれた恐怖はそう簡単には消えない。

 彼女を信じて映画を見ていたはずなのに、彼女すら信じられなくなる。本当はどこにあるのか。すべてが彼女の妄想だ、と言えるのなら単純なのだが、そんなわけもない。どこを信じて、何をよりどころにしてこの映画を見たらいいのかすらわからなくなる。

 怖がらせる映画ではない。謎が謎を呼び、観客を混迷の渦に巻き込むが、それはこけおどしのケレンではない。とても静かな映画だ。ここに描かれるすべてが真実なのだ。現実も妄想も彼女の中では同じ。息子はそこにいる。今も彼女とともにここで暮らしている。何が起きてどうなったのかを明かすための映画ではない。今ここにいる彼女の静かな時間を描いている。重層的で、どこに真理があるのかすら、曖昧なこの映画は僕たちを人の心の闇の中に突き落とす。

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