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映画・演劇のレビュー

中島京子『オリーブの実るころ』

2022-07-14 12:03:44 | その他

先日のあみゅーず・とらいあんぐるリーディング公演で彼女の『妻が椎茸だったころ』が取り上げられていたが、これはあの短編集と同じテイストの新作短編集だ。昨年の長編『やさしい猫』はとても素晴らしくて、2022年「僕の読書」ベストワンにした(たぶん)のだが、今回も実に素敵だ。ここには6つのお話が収録されている。いずれも「結婚、家族、真実の愛」をめぐるなんとも不思議なお話ばかりだ。それぞれは独立した短編なのだが、そのすべてがあり得そうであり得ない話、という共通項を持つ。

40代の一人暮らしの息子(最近、猫が居ついたという)の結婚について心配する母親のお話。(『家猫』) 父親が終活のために失踪したことを(心配はいらないと本人が連絡しているけど)気にする息子(『ローゼンブルグで恋をして』)。 幼い日に母がいなくなった兄妹のところに44年の歳月を経て届く母の死の知らせ。(『川端康成が死んだ日) ある夫婦と、その夫を慕う白鳥との三角関係。(『ガリップ』) 近所に引っ越ししてきた老人と夫婦の交流。(『オリーブの実るころ』)結婚の報告をするため、ずっとまえに離婚して別々の人生を歩んだ夫の父親と母親のところへと行く妻。(『春成と冴子とファンさん』) いずれもなんだかいびつなお話ばかりで、4話目の白鳥の話なんかほとんどファンタジーなのだけど、やけにリアル。

いくらなんでも、というような荒唐無稽なお話が、淡々としたタッチで描かれていくから、そんなこともあるのだろうな、となぜか納得してしまう。この世の中は広いからそんなことだって、ないわけではない、と思わされる。読んでいて、人生の終末で、こんなふうに振り返えられたならいいな、と思う。生きていること自体がある種のファンタジーなのかもしれないな、なんて思う。それは僕が人生60数年生きてきた実感だ。ずっと忙しくてたいへんな毎日を送ってきたが、仕事をやめて、のんびり好きなことをして毎日過ごしていたら、今まで生きてきたことのすべてがなんだか夢のようだ。これまで時間に追いまくられて、必死に生きてきた。その結果、なんとか定年退職まで持ちこたえたけど。でも、きっとこれ以上は無理だったかもしれない、なんて、思う。60を過ぎたところから、完全にダウンしてしまった。だから、あっさりとやめた。やめたはずなのに、することがないから、(というか、できることがないから)また、今は週に2日だけ学校で講師をしているけど、このくらいが今は楽しい。じゅうぶんに自由にできる時間があるというのは、うれしい。(ほとんど、収入はないけど)

この短編集を読みながら、この夢のようなお話がリアルなのは、きっと彼らが彼らなりに、誠実に生きた証がそこに描かれてあるからだろう。そこには嘘はない。どんな運命が待ち受けていたのか、生きてみるまでは、わからない。で、ここまでちゃんと生きてみた。ここにはそんな彼らの姿が描かれてある。


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