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映画・演劇のレビュー

磯崎憲一郎『終の住処』

2009-10-29 21:28:06 | その他
 いかにも芥川賞というような地味で暗い小説だなぁ、と思いながら読み始めたのだが、なんとも言い難い諦めが最初から最後まで貫き、それがこの男の生き方すら示唆するのが、おもしろい。

 男は30歳を過ぎて結婚する。もう決して若くはない。熱烈な恋愛とはほど遠く、お互いに何も期待もないまま、結婚する。妻は最初から不機嫌で、彼はなんとなく浮気をする。別に家庭に不満があるとかいうのではない。だいたい最初から何も互いに思わないまま結婚しているのだから、そこに不満なんて起きるわけはない。だが、いくら一緒の時間を過ごしても永遠と思われるくらいに互いの溝は埋まらない。

 なぜ出来たのやらわからないくらいにお互いに無関心なのに、生まれてきた娘。彼女が2歳の時、ある日思いついたように遊園地に行く。平日にいきなり仕事を休んでである。妻と3人で近所にある遊園地に行くのだ。そこで観覧車に乗る。この突然のエピソードがこの小説を象徴する。ここには理屈はない。

 11年間も口も聞かないまま過ごした時間。海外勤務になり当然単身赴任した時間。彼が会社のために生きるのは、自然に家族と過ごすことが出来ないからだ。家からただ逃げているだけだ。妻が怖いのかもしれない。繰り返す浮気は男の甲斐性なんかではない。それこそが、家に帰らないための口実でしかない。

 そして、家を建てる。終の住処とするためだが、それは男としての一生に一度の決断ではない。ただ、もう終わらせたいからだ。では何を終わらせたいのか。本人にすらわからない。何のための人生だったのか、それすらもわからない。生きるよすがもない。こんなにも何もないまま人生を過ごすってなんだろうか。

 同時収録の『ペナント』という短編もまたおもしろい。ここまで厭世的になれるって、何なんだろうか。生きてきたという事実に対する感動はない。ここにあるのは終わっていく風景をただ見守るという行為だけだ。

 磯崎憲一郎は初めて読んだ。芥川賞を受賞したからなんとなく読んだのだが、この不思議な諦観に心魅かれた。呆れてしまうのだが、拒絶は出来ない。


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