ただ100キロを歩くだけなのに、それだけでこんなにも自分が変わった気になる。記録に挑戦するとか、勝ち負けがある、とか、そんなものとは無縁のウォークラリーだ。24時間歩き続けるだけ。時間制限があり、それまでにゴールを目指すのだが、主人公の女の子は、叔父さんのいたずらで仕方なく、出場することとなる。体力もないし、自信もない。
それより何より、こんなイベント興味ない。大体100キロも歩けるはずもないからだ。高校1年生の女の子が知りあいもなしで、たったひとり夜を徹して歩くなんて、危険すぎる。最初は途中でリアイアするつもりだった。30キロくらいまで(最初のチェックポイント)歩ければ充分だと、思っていた。それでも自分にとっては立派な行為だと思う。なかなか出来る物ではない。だが、諸事情があって、気がつけば、最後まで歩き通すこととなる。まぁ、小説なのだから、それは予定調和なのだが、歩くことで今まで見えなかったものがたくさん見えてくるのは事実なのだ。自分の限界に挑戦する、なんて大それた事ではない。なんとなく、やめられなくなるのだ。もちろん何度と無く限界を感じた。だが、その度に誰かが助けてくれた。
この小さな小説が提示するのは、なんでもない出来事の中に大切な物があるという事実だ。彼女はただ歩くだけ、という体験を通して強くなる。これはただのきっかけに過ぎない。だが、どこかにあるそのきっかけと出会うことが人生にとても大事な要素なのだ。僕たちはその大切なタイミングを逃すべきではない。今が、その瞬間なのかどうかは、終わってみなければわからない。だからこそ、いつも全力投球で頑張るしかないのだ。100キロ歩くことが大事なのではないことはわかっているだろう。だが、100キロという困難は大事だ。
読みながら、恩田陸の『夜のピクニック』を思い出した。あれも素敵な小説だった。長澤雅彦監督の同名映画も大好きだ。この小説はあの作品と較べると、もっともっとささやかだ。でも、そのささやかさがいいと思う。
それより何より、こんなイベント興味ない。大体100キロも歩けるはずもないからだ。高校1年生の女の子が知りあいもなしで、たったひとり夜を徹して歩くなんて、危険すぎる。最初は途中でリアイアするつもりだった。30キロくらいまで(最初のチェックポイント)歩ければ充分だと、思っていた。それでも自分にとっては立派な行為だと思う。なかなか出来る物ではない。だが、諸事情があって、気がつけば、最後まで歩き通すこととなる。まぁ、小説なのだから、それは予定調和なのだが、歩くことで今まで見えなかったものがたくさん見えてくるのは事実なのだ。自分の限界に挑戦する、なんて大それた事ではない。なんとなく、やめられなくなるのだ。もちろん何度と無く限界を感じた。だが、その度に誰かが助けてくれた。
この小さな小説が提示するのは、なんでもない出来事の中に大切な物があるという事実だ。彼女はただ歩くだけ、という体験を通して強くなる。これはただのきっかけに過ぎない。だが、どこかにあるそのきっかけと出会うことが人生にとても大事な要素なのだ。僕たちはその大切なタイミングを逃すべきではない。今が、その瞬間なのかどうかは、終わってみなければわからない。だからこそ、いつも全力投球で頑張るしかないのだ。100キロ歩くことが大事なのではないことはわかっているだろう。だが、100キロという困難は大事だ。
読みながら、恩田陸の『夜のピクニック』を思い出した。あれも素敵な小説だった。長澤雅彦監督の同名映画も大好きだ。この小説はあの作品と較べると、もっともっとささやかだ。でも、そのささやかさがいいと思う。