習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『うつせみ』

2007-02-24 10:49:20 | 映画
 2005年日本映画ベスト1が『トニー滝谷』なら、外国映画のベスト1はキム・ギドクの『空き家』である。この作品が、ようやく去年日本でも公開された。だがその日本公開タイトルが『うつせみ』に決まった時、かなりショックだった。こんなつまらないタイトルはないでしょ。英語タイトルの『3IRON』もあまり納得がいかないけど、まだ『うつせみ』よりはましだ。

 と、言う訳で、久々にこの傑作を見たくなった。今日、2年ぶりに見て、『うつせみ』というタイトルがあくまでも女の側からのネーミングだな、と再確認できた。対して『3アイアン』は男の側から、ということになろうか。客観的な原題がこの映画の本質をよく捉えている。(ちなみに中国語タイトルは『空間房』)

 89分の上映時間のラスト10分で初めて女が声を出す。「愛してる」。それだけである。その時、気配もなく彼女の夫の後ろに立つ男は、ただ微笑むだけだ。結局映画の中で彼は一言も話さない。言葉を発する必要がないからである。こんな映画はどこにもあるまい。キム・ギドクが到達した極限の愛の物語だ。これは一種のファンタジーかもしれないが、甘いラブ・ストーリーとは一線を画す。この至福の結末に行き着くまでの紆余曲折は、映画としての常識を遥かに超越している。

 スト-リー自体は実に単純だ。留守宅に忍び込みそこの住人が帰ってくるまで、そこで暮らす男の話。彼が居た痕跡は全くなく、住人は忍び込まれたことにさえ気付かない。彼は家に入り、くつろぐ。掃除をしたり、洗濯も必ずしていく。壊れていたものの修繕を忘れない。のんびり過ごし、去る。それだけのことだ。

 ある家で夫から虐待を受けている女に出会う。彼女の夫に対し、愛用の3アイアンを使って暴行を加える。そして、女は男について行く。

 2人の旅を描く前半から、一転して、後半は警察に捕まった後、留置所では、今まで以上に気配を消す訓練をする彼の姿が描かれる。このシーンはユーモラスですらある。そして、ここから一気にラストへと突入する。こんなことがあっていいのか、と思わせられる。驚きのフィナーレである。

 これは、自分の居場所についての映画である。行き場なんてどこにもない。そんな男女がそのことで、悲嘆にくれるのではなく、つかの間の憩いの場、仮の宿りで楽しみ去っていく。人生そのものが仮の宿とでも言うようだ。

 何かを伝えるのではなく、ありのままを見て欲しい、とでも言わんばかりの過激さである。だが、この過激さはかってのキム・ギドクとは全然別人だ。この映画までの彼の最高傑作である『悪い男』の頃の暴力的な愛はここにはない。動物的な感性を大事にするところは変わらないが、この優しさは何なのだろう。

 何も語らないが、全てが分かる。そんな至福の世界がここにはある。

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