習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『街のあかり』

2007-07-12 20:48:34 | 映画
 アキ・カウリスマキの映画を初めて見た時の衝撃は今も忘れられない。こんな映画がこの世の中に存在したなんて考えられなかった。何の予備知識もなく(というか、その頃日本では、カウリスマキなんて誰も知らなかった、と思う)『真夜中の虹』を今は亡き国名小劇の小さなスクリーンで見た。

 たった75分の映画だ。しかし、そこには全く余計なものがない。これ以上削ぎ落とすことは不可能だと思った。必要最小限のものしか、そこにはない。そして、必要なものは、すべてここにはある。映画がここまで完璧なものになるなんて思いもしなかった。

 そんなふうにして、不意打ちのようにカウリスマキは僕たちの前に現れた。

 さて、久々の新作である。もう今では誰もがカウリスマキのスタイルを熟知している。今回だって、「ああ、またやってる」としか思わない。しかし、それでいい。彼が変わることなんかない。進化する作家ではなく、深化する作家だ。全く同じことを繰り返し、繰り返し見せながら、新しい世界をそこの見せてくれる。

 今まで生きてきて、全くいいことがなかった男が主人公だ。そんな彼が、ある女から迫られ、ほんの一瞬甘い夢を見る。しかし、現実派そんな夢を見せてくれるわけがない。手痛いしっぺ返しが待っている。ただ、バカにされていただけだ。それどころか、いいように利用されている。

 罠にはめられ、無実の罪をかぶせられ、刑務所に入れられ、最低のさらなる最低を味わう。カウリスマキはいつものタッチでそっけなく、ありのままの彼の姿を見せていく。フィンランドのうら寂しい風景の中、ひとりぼっちで生きる。ヘルシンキの町並みを見てるだけで気が滅入る。彼は自分と同じように誰からも顧みられない犬に心を配り、時を過ごす。ホットドックを売る女が密かに彼に心を寄せているのに、気が付かない。

 ラストの救いは唯一ほっとさせられる瞬間だが、これは、ここに到るための映画、というわけではない。ここに流れる時間こそが、描きたかったのだろう。

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