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映画・演劇のレビュー

『転校生 さよならあなた』

2007-07-12 19:27:20 | 映画
 25年の歳月を経て、『転校生』が大林さんの手で甦る。尾道から、長野の善光寺に舞台を移し、夏の映画が、冬の映画へと様変わりしても、大林宣彦監督の生きる姿勢は変わらない。

 前回は「生きることの輝き」を描いたのに対し今回は「死んでいくことの痛み」を描きながらも、変わる事のない命の讃歌を見せてくれる。そのあからさまなメッセージが、昔は少し恥ずかしかったが、今はもっとやってよ、なんて思う。世の中はどんどん生き辛くなり、まともなことが、まともでなくなる。何を信じたらいいんだかよくわからない。そんな世界で変わる事のない人間に対する愛と信頼が、ここには描かれてある。

 一美と一夫の物語も変わることがない。ストーリーラインはもちろん変わらないが、細部に関してはとても同じ原作とは思えないくらいにいろんな意味での変更がある。これは再映画化というよりも「もうひとつの転校生」と言ったほうがいい。

 あの物語をもうひとつの別のお話として再構成していく。大林さんの『時をかける少女』を細田守監督が再映画化したときのアプローチとはまた違うが、同じように、このお話を大事に思って「もうひとつのお話」として作るという姿勢は似ている。

 この映画には、今の大林さんの気持ちが色濃く反映されている。あの若い日の作品とは違う。歳を取り、老いと死を実感しながら、そんな中で10代の今を生きる子どもたちへの、変わらぬ想いを形にする。それがこの映画だ。40代の若者たちのリーダーである大林さんではなく、70代を迎えそれでも変わらぬ想いを抱く老人に近い世代になった永遠の少年である彼の実感がここには描かれてある。

 どれだけ歳月が経とうが変わらぬものがある。そんな熱い想いがここにはある。あの頃、まだ22歳だった僕が、自転車に乗って香里園にあったミリオン座で見た『転校生』はほんとに眩しい映画だった。子どもたちが自分たちに降りかかった災難に自分たちだけで立ち向い、人に対する想いを知る。大切な人を大切に思う、そんな当たり前のことがこんなにも愛しい。あれから、25年が経った。

 今では大人になった僕はあの頃の想いを忘れずに生きているだろうか。いつの間にか自分があの頃なにを考え、何を思って生きていたのだか、よく分からなくなっている。毎日の生活に疲れ、日々ため息ばかりついている。もちろん自分なりには精一杯生きているつもりだ。だけど、何か大切なものを見失っている、そんな気がする。

 一美が死んでしまい、一夫は旅立つ。彼女のお墓に手を合わした後、去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、この子はどんな大人になっていくのだろうか、なんて思う。これから25年後、大人になり、結婚もして、子どもが生まれ、そんな時、彼の中の一美はどうなっているのだろうか。変わらぬまま、心に居続けるのか。それとも、

 そんなことを考えながら、ラストシーンを見守っていた。前作のラストは涙で何も見えなかった。どっぷりと作品世界に浸ってしまいそこから出て来れなかった。今回は違う。ずっと客観的に見続けることができた。それはこの映画の姿勢でもある。前回より広い視野に立って世界を見つめている。

 ただの感傷的なだけの映画ではない。ノスタルジーを喚起する甘く優しい映画ではなく、これは厳しい現実の中でもしっかりした強い意志を持つ子どもたちの物語だ。未来の子供たちに向けた大林さんからのメッセージをしっかりと受け止めたい。

 映画は終盤、2人で旅する姿が描かれる。この2人の道行きがいい。死んでしまうことをしっかり受け止めて、その中でどんなふうに生きていくのかを、考えていく。事実を事実として受け入れ、その中で命というものを見つめようとする。15歳の子どもたちから学ぶものは多い。大人なんかよりずっと真剣に生きている子どもたちの姿に胸を衝かれる。

 主人公の子どもたちがみんな素敵だ。特にヒロインの蓮佛美紗子は素晴らしい。強くもなく、弱くもない等身大の少女の輝きを見事に表現している。この子のなかには確かに一夫と一美がいる。

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