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映画・演劇のレビュー

『グランド・マスター』

2013-06-09 21:40:51 | 映画
ウォン・カーワァイ監督の最新作はカンフー映画だ。イップマンという男を主人公にして武術に命を賭ける人々の群像を描く。ドニー・イェンが主役を演じた『イップマン 葉問』2部作と同じ題材なのだが、まるでアプローチは違う。当然のことだろう。

これはアクション映画ではない。では歴史劇なのか、というと、そうでもない。これは一種のアート映画だ。繰り返される戦いの場面は、ため息が出るほど美しい。視覚的にいかに官能的で耽美的な映像を見せるのか、ただそれだけのことに心を砕いているのではないか、と思うほどだ。トニー・レオンとチャン・ツィイーの戦うシーンなんてラブ・シーンにしか見えない。

 ストーリーなんか2の次なのである。おびただしいナレーションは何も語らない。そんなことより、ここにいる人たちの顔、顔、顔。それを見ているだけでも、感動する。よくぞ、こんなにも、たくさんの顔を集めてきたものだ。それを丁寧に見せていく。言葉ではなく、その表情が何よりも能弁だ。彼らが生きてきた歴史を感じさせる。誰もが武術家として、さまざまな修業をし、生きてきた。彼らが戦うシーンがなくても、それはちゃんと見えてくる。

 みんな本当にいい顔をしている。だから、彼らをちゃんと見せるのだ。イップマンは中心ですらない。トニー・レオンは穏やかな笑顔をしてそこにたたずむたくさんの武道家のひとりでしかないのである。だいたい映画のクライマックスはトニー・レオンが戦うシーンですらない。チャン・ツィイーが父親の復讐のためにマーサンと戦うシーンなのだ。普通それってありえない。でも、この映画は平気でそれをする。もちろんそれをしても、トニー・レオンは動じないけど。


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