福音館創作童話シリーズとある。だから子供向けの小説だね、と思う。(ヤングアダルト小説の棚にあったのだけれど、)だけど、これはそんな枠には収まらない作品だった。高楼方子の本を読むのはこれが初めてだが、驚いた。こんな小説を書く人がいたんだ、と。(後で調べると彼女は児童文学の大御所で図書館にはものすごい量の本が並んでいた)
一見するとこれはよくある「少年のひと夏の小さな冒険」の体裁をとるのだが、ここに仕掛けられたものはあまりに壮大で緻密、この「ある種のファンタジー小説」の完成度は半端ではない。300ページ以上ありそれなりのボリュームなのだけど、それにしてはお話はこんなにも単純。なのに、そこにはあらゆる要素がさらりとしたタッチで、ぎっしりと濃密に詰っている。
悠々たるタッチで綴られていく。この不思議な洋館風の建物の秘密と、ここでたったひとり暮らす老女の物語が綴られていく。中学1年生の少年が入院中の祖母の見舞いに行き出会った同室だったおばあさんと再会し、そこから始まる不思議な出来事。最初は少年(景介)とそのおばあさんのふれあいを描く心温まる児童書なのか、と思った。でも、その家の離れにいた少女(ゆりあ)との出会いからファンタジー色を強めていく。さらにはなんだかホラーのような展開にもなる。彼女と逢うことで彼の生気が損なわれていく部分なんか『牡丹灯籠』を想起させる。戦時中の時代にタイムスリップしたりもするから、なんだかSFでもあるのだ。そんな様々な要素を混在させながらも、この長編はバランスを崩すことなく、いくつもの謎を最後まで秘めながら、ゆっくりとお話を展開させていく。
冒頭の部分にはカラーで挿絵がかなりの分量で挿入されてあるから、児童書だな、と思ったが、その後挿絵はない、だけど、ちょうど半分くらいまで読んだところで(190ぺージから191ページ)いきなり見開き2ページ、キンポウゲの絵によるお花畑が広がる。衝撃的である。ゆりあが景介に別れの言葉を告げたところだ。お話はここから急展開を遂げる。しかも、主人公が景介から彼のことを追いかける幼なじみの晶子に変わる。
それまでも(お話の途中からだが)晶子による視点も挿入されていたけど、ここから彼女が本格的にもうひとりの主人公になる。彼女が景介の秘密を明らかにしていく探偵小説のような展開だ。もちろん、彼女の視点だけではなく、それまで通り景介からの描写も同時に描かれる。ここからはちょっとした探偵ものになる。謎解きはさらりとしている。
なんとなく一昨日見た瀬田なつき監督の『ホームステイ』と似ているな、と思った。これはファンタジーなのだけど、ファンタジーっぽくない。(リアルの感触で描いているところが。)この小説を瀬田監督が撮ったら凄い映画ができるかもしれない。
終盤、施設に入ったところから、お話は「介護もの」になる。認知症になり、記憶が混濁してくる。でも、ここでもサラリと描く姿勢は変わらない。だから、この小説の根幹にある不思議な体験についても深くは描かない。さらには、エピローグの7年後、ここでも多くは語らない。そんなこんなが作品の欠陥ではなく、魅力を形成した。大胆で繊細。傑作である。