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映画・演劇のレビュー

橋本長道『サラの柔らかな香車』

2012-06-02 22:22:39 | その他
将棋を題材にした小説なんて初めてではないか。もちろん、将棋のことをほとんど知らない僕にでも、ちゃんとわかるような作品になってある。でも、きっと将棋をちゃんとわかる人なら、対局の場面(普通のスポーツ物なら試合のシーンね)は、とてもスリリングなのだろう。これはよくあるスポーツものと同じスタンスで読めるからとっつきやすいのだろう。

 主人公の特異な設定が面白いし、青い目の少女サラを巡る人々のドラマがちゃんと描かれてあるから、何もしゃべらない彼女のキャラクターも生きてくる。終盤の展開はある種の定番なのだが、やはり泣かされた。好きなことのために命を懸けて取り組む姿は尊い。たかが、将棋。でも、彼らにとって、これは世界そのものですらある。そんな当たり前のことが、ちゃんと踏まえられてあるから、ドキドキするし、感動させられる。

 2人の対局を見守るなかで、そこに到る様々なドラマが見えて来るという、ある種の定番スタイルなのだが、全体のテンポはあまり滑らかではないから、中盤まではもたもたしていて、まどろっこしい。でも、そこまでを我慢して読み続けると、だんだん流れに乗ってくる。

 ただし話自体はマンガでしかない。しかもストーリーには表層的な意味以上の奥行きはない。たとえば森絵都の傑作『DAVE!』と比較すればいい。同じようなマンガ・タッチでも完成度にはかなりの差があるのは一目瞭然だろう。あれにだって、「飛び込み」なんていうマイナースポーツを題材にしていたが、あれだけスリリングだった。それは、人間がちゃんと描き切れていたからだ。この作品は、魅力的な登場人物たちが、書割でしかない。サラはともかく、せめて彼女のライバルとなる2人の女性たちを、もう少しなんとかして貰いたかった。せっかくの素材がこれではもったいない。


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