とても楽しめる芝居だ。こういう芝居ってなかなかない。本来お芝居とはこういうもののはずなのに、なぜか、こんなふうに初心に戻って、純粋に芝居本来の力を発揮したような舞台がなくなって久しい。みんな芝居が好きで芝居をやってるはずなのに、なぜ芝居本来の力を信じないのだろうか。だんだん大人になり子供っぽい夢を舞台で体現しようとしなくなったのか? でも、それっておかしいことだ。
見ていて楽しいのは、演じている役者たちが全力で自分の持ってるものを出し来ろうとしているからだ。なんだか微笑ましい。下手クソであることは時として、ダメなことではない。小手先で上手く演じるような人よりも好ましいこともある。ここに出てくる若い役者たちは持てる力をすべてこの舞台に出し来る。それが見ていて気持ちがいい。作、演出の窪木亨さんは彼ら全員に温かい視線を送る。役者たちのダンスシーンでの生き生きした表情がすべてを象徴している。
廃墟と化した遊園地。閉園からもう5年が経つ。ここに忍び込んだ男がひとりの少女と出逢う。アルカと名乗る彼女は何者なのか。工場街の先に建てられたモノトーンの遊園地。最初から消えていくために作られたような場所。ゼンマイ仕掛けのアトラクション。
これは3人のアルカを巡るお話だ。あるかという少女が行方不明になる。彼女を捜すために或香という女性がこの遊園地跡までたどり着く。話はこの遊園地の妖精であるアルカ(月野碧)を中心にして、3人の「アルカ」たちが繰り広げる壮大な夢の物語。
ストーリーはとても複雑だ。だが、そのストーリーを語ることには意味がない。これはこのアトラクションを楽しむためのお芝居だ。瞬間瞬間を楽しめばいい。めくるめく世界の広がり。それを体感せよ。
窪木さんの意図はそこにある。だから、あまり理詰めで考えても仕方ないことかもしれない。だが、それだけでは正直言うと2時間20分はちょっと長い。見せ場を十二分に用意するためにはこれだけの尺は必要だった。だが、それだけではダメだ。作品にもう少し奥行きが欲しかった。
5年と言う歳月の持つ意味。3人のアルカたちがそれぞれ抱える孤独。それが共鳴することでドラマは膨らみを持ったはずだ。ひとりぼっちの少女あるか(吉井葵)が、家出して、ここに迷い込む。彼女を仕事から探す或香(広川文)は、この世界に紛れ込むことで、失っていたある想いを取り戻す。自分はひとりぼっちだったこと。わざと忙しさに紛れさせて、忘れようとしていたその想い。自分の弱さともう一度向き合う覚悟。作者は、この女の子たちをもう少し追いつめるべきだった。あるかと電車に揺られて帰る或香が泣いてしまうこと。あそこがこの芝居の肝である。そこを中心にして全体を作り上げるべきだった。
あまりに話を広げ過ぎて全体の収拾がつかない。言いたいことがたくさんあり過ぎて消化不良を起こしている。めまぐるしい展開は芝居をスピード感のあるものにするはずだった。だが、広げた話の整理だけで手一杯になって全体がモタモタしたものにしかならない。それが、なんだか残念でならない。
見ていて楽しいのは、演じている役者たちが全力で自分の持ってるものを出し来ろうとしているからだ。なんだか微笑ましい。下手クソであることは時として、ダメなことではない。小手先で上手く演じるような人よりも好ましいこともある。ここに出てくる若い役者たちは持てる力をすべてこの舞台に出し来る。それが見ていて気持ちがいい。作、演出の窪木亨さんは彼ら全員に温かい視線を送る。役者たちのダンスシーンでの生き生きした表情がすべてを象徴している。
廃墟と化した遊園地。閉園からもう5年が経つ。ここに忍び込んだ男がひとりの少女と出逢う。アルカと名乗る彼女は何者なのか。工場街の先に建てられたモノトーンの遊園地。最初から消えていくために作られたような場所。ゼンマイ仕掛けのアトラクション。
これは3人のアルカを巡るお話だ。あるかという少女が行方不明になる。彼女を捜すために或香という女性がこの遊園地跡までたどり着く。話はこの遊園地の妖精であるアルカ(月野碧)を中心にして、3人の「アルカ」たちが繰り広げる壮大な夢の物語。
ストーリーはとても複雑だ。だが、そのストーリーを語ることには意味がない。これはこのアトラクションを楽しむためのお芝居だ。瞬間瞬間を楽しめばいい。めくるめく世界の広がり。それを体感せよ。
窪木さんの意図はそこにある。だから、あまり理詰めで考えても仕方ないことかもしれない。だが、それだけでは正直言うと2時間20分はちょっと長い。見せ場を十二分に用意するためにはこれだけの尺は必要だった。だが、それだけではダメだ。作品にもう少し奥行きが欲しかった。
5年と言う歳月の持つ意味。3人のアルカたちがそれぞれ抱える孤独。それが共鳴することでドラマは膨らみを持ったはずだ。ひとりぼっちの少女あるか(吉井葵)が、家出して、ここに迷い込む。彼女を仕事から探す或香(広川文)は、この世界に紛れ込むことで、失っていたある想いを取り戻す。自分はひとりぼっちだったこと。わざと忙しさに紛れさせて、忘れようとしていたその想い。自分の弱さともう一度向き合う覚悟。作者は、この女の子たちをもう少し追いつめるべきだった。あるかと電車に揺られて帰る或香が泣いてしまうこと。あそこがこの芝居の肝である。そこを中心にして全体を作り上げるべきだった。
あまりに話を広げ過ぎて全体の収拾がつかない。言いたいことがたくさんあり過ぎて消化不良を起こしている。めまぐるしい展開は芝居をスピード感のあるものにするはずだった。だが、広げた話の整理だけで手一杯になって全体がモタモタしたものにしかならない。それが、なんだか残念でならない。