習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

魚住直子『園芸少年』

2010-03-08 20:27:32 | その他
 なんてことない小説なのだ。1時間ほどあれば読み切れるくらいの分量だし。でも、この小さな小説は僕をとても幸せにしてくれた。たった1日の電車の往復で読み終えてしまったのが惜しい。出来ることなら、この3人の少年たちともっともっと一緒に時間を過ごしたかった。残念だけど、仕方ないことだ。

 高校に入って帰宅部になろうとしていたどこにでもいる普通の少年が、眉毛もなく(そり落としている)、ズボンから半分パンツが見えているはき方をしてる、しかもじゃらじゃら鎖をしてて、要するに絵に描いたような不良の怖いお兄ちゃんのような同級生と2人で、園芸部に入ることになる。それはほんの偶然のことだ。なんとなく手持無沙汰で、誰とも関わりたくなくて、だから、この学校の片隅の誰もやって来ない場所にやってきた2人。そこで、萎れていた葉に、なんとなく水をかけた。すると、翌日その葉が甦ったではないか。それがきっかけだ。この(本当ならまるで接点のない)2人が仲良くなったのは。小説はここから始まる。

 その後、この2人に、頭から箱をかぶったままでそれを外すことは出来ないカウンセリング室登校の同級生が交じって、彼ら3人が園芸に精を出す姿が描かれていく。

 高1の春から秋にかけてのお話だ。花壇を作って、花の名前を覚えて、水をやって、堆肥を入れて、種を植える。そんなことをする高校生を主人公にした小説や映画なんてかってなかったはずだ。だって、どう考えてもそれでは地味すぎる。

 でも、この小説はこの地味な3人を地味なまま描いていく。日の当らないことが彼らには心地よい。誰からも顧みられることなく、気付かれることすらなく、地味に活動を続ける。だいたい箱少年は人と顔を合わすことすらできないのだ。

 そんな彼らがほんの少しだけ成長する。それぞれが今までの自分を乗り越えて行く。その小さな1歩が、ただそれだけのこととして描かれる。こんなにもさりげなくていいのか、と心配になるほどだ。ひっそりと咲く花のように、この小さな小説は僕たちの心の中に大輪の花を咲かせてくれる。

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