前作『去年の雪』での試みを引き継ぎ、今回も短いエピソードの連鎖で長編小説を紡いでいく。ただし今回は前回のように登場人物が100人とかいう規模ではない。それに一貫したお話も一応はある。
3人の80代に突入した老人たちが一緒に命を絶った。彼らは昔の仕事仲間で、仲のよい友人同士。別々の家庭を持った後もずっと親友として、付き合いは続いていた。ふたりの男性とひとりの女性なのにそこには恋愛関係はない。大晦日の夜、一緒にホテルのバーラウンジで談笑して、年が変わる前にそのままホテルの一室で猟銃自殺する。たぶん2019年から2020年に変わる直前だ。コロナ禍の描写もある。
正月から3人の家族は動揺を隠せない。警察の事情徴収があり、それから葬儀へと、あわただしい時を過ごすことになる。お話は3人の最期の時間と並行して、彼らが亡くなったあとの3人の家族、友人たちのその後が描かれていく。老人たちの子供や孫たちのそれぞれの想いやその後の生活が淡々としたタッチで綴られていくのが『去年の雪』と同じ。主な登場人物は10人くらいで、2,3ページによる彼らの短いエピソードが連鎖していく。そこから、それぞれの家族事情も明らかになっていく。
3人はもう十分に生きたから、思い残すことはないみたいだ。でも、ほんとうにそんな気分になれるのか。準備万端整えて死に臨むなんて。しかも、3人一緒に、だなんて。どんなに仲のよい間柄であろうともそんなことがあり得るはずはない、と思う。でも、彼らはちゃんと一緒に死んでいった。家族は驚くしかない。そんなそぶりは一切見せなかった。というか、それほど家族であろうとも関与していない。子供たちに頼ることなく独立して生きていた。彼らはそれぞれ誰かに依拠することなく、自分一人で生きていたのだ。まだ介護を必要とするわけではなかったから可能だったのだろう。(最年長のひとりは病気で余目幾許もなかったけど、自殺はそれが原因ではない)
彼らの言い分は一切描かれない。だから、孫たちはおじいちゃん、あるいはおばあちゃんのことを考える。子供たちも、父や母のことを考える。3人のうちのひとりは身寄りがない。友人たちが葬儀に立ち合い、彼のことを思う。
これは実に不思議な小説だ。今の江國香織は、わかりやすいお話を描くつもりはないようだ。断片の積み重ねの中に、すべりこむ何かを掬い取るだけ。それだって、読み手がそう感じるだけで、彼女が意図したものではないかもしれないほど淡い。だから、終わり方だってそんなところで、と思うくらいにさりげない。3人の死の瞬間も描かれないし、この事実に対する明確な答えなんか誰の中にも、どこにもない。突然手を離されたように、突き放されたように、終わる。読み終えた僕たちは茫然として本を閉じることになる。