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映画・演劇のレビュー

『エルヴィス』

2022-07-07 18:34:41 | 映画

バズ・ラーマン監督の新作である。しかも2時間39分の長編。エルヴィス・プレスリーとそのマネージャーであるパーカー大佐を主人公にした。プレスリーが誕生するところからその死までが描かれる伝記映画なのだが、それをトム・ハンクス演じる大佐の視点から描く。映画のなかでは何度となく様々な局面でのふたりの確執が描かれるのだが、大佐の側から描くことで映画は客観性が増したわけではない。どちらかというとなんだかゆがんだ視点を提示された気分だ。ストレートではない。エルヴィスの苦悩がストレートではないからだ。成功の立役者となるのは大佐の商才のほうが大きい。時代の要請ともちろん本人の才能が一番なのはわかるけど、映画はそこを全面には押し出さない。

主題となるのはエルヴィスの音楽ではなく、彼が常に大佐と向き合い、自我を押し通したり、言いなりになったり、心は千路乱れ揺れ動く姿を追うところにある。貧困の中での逃げ口としての黒人音楽。そこが出発点だ。もちろん、純粋に好きだから、というところから始めたはずが、だんだん何が何だかわからなくなる。

後半は、スーパースターになったにもかかわらず、幸せではない日々が描かれる。浪費と薬物依存というおきまりのパターンになるのだが、映画はあくまでもふたりの関係性に主題が置かれる。だが、両者のバトルが描かれるわけではない。エルヴィスが大佐から離れられないのはなぜか。そこをもっと突き詰めてもよかったのではないか。バランスが悪い。トム・ハンクスが特殊メイクでデブデブになっているのだが、こういうスタイルの映画なのなら、そんな表面的な部分だけではなく、彼の内面にももっと比重を置いて欲しかった。でも映画はひぃう面的にはあくまでもエルヴィスが主人公なのだ。なのに、大佐を強引にそこに割り込ませるからまとまりがなくなる。

プレスリー役のオースティン・バトラーがこんなにも頑張っているのだから、もっとストレートに彼の視点から彼を主人公にしてもよかったのではないか。50年代を舞台にして、音楽が世界を変えていく。音楽がここまで世の中から非難される時代。差別と偏見。黒人音楽に傾倒する彼の姿勢は当時の識者から反発を食らう。反体制的と糾弾される。純粋に自分が求める音楽。それがたくさんの人たちに支持される興奮。だが、だんだん商業ベースに乗っかっただけのものになる。なんのための音楽なのかわからなくなる。

終盤のあきらめが凄い。そして70年代、大佐と同じようにデブデブになったプレスリーが悲しい。(それはもうあの日の「エルヴィス」ではない)それでもそんな彼のステージに熱狂する観客がいる。そんな国民的スターを演じる彼の姿を描く。そして死を。今までのバズ・ラーマンの映画とはあきらかに内容が違う。(派手で強引な作りは今まで通りなのだけど。)そこにはスーパースターになるしかなかったエルヴィスの孤独が描かれる。


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