今日は珍しく、仕事の話なんぞ。。。
僕の仕事は、グラフィックデザイナーだ。
と言っても、田舎の広告代理店勤務のデザイナーなので、
どちらかと言うと「広告の制作」という日本語での表現の方が似合ってる気がする。
実際、制作に関わる色んな仕事をしてるしね。
パンフレットやポスターのデザインはもちろん、ロゴマークやロゴタイプのデザインと
いったものから、折込チラシや名刺、メンバーズカード、看板、パネル、シール・・ etc.
屋外サイン設置の時のセメント塗りや雑草除去なんてのもやった(笑)
そんな仕事の中に、“ネーミング”というものもある。
本来ならコピーライターがするべき仕事なのだが、地方の、しかも超地方のこの辺りで
“私はコピーライターです”と宣言して仕事をしている人は、僕が知っている限り皆無である。
昔、たしかにそういう人もいらっしゃったが、数年前に再会した時は、道路工事の警備員をされていた・・・
まぁ、そんな感じなので、コピーライティングは、デザイナーが兼務することが多いのである。
元々、僕はコピーライター志望でこの業界に入った。
10代の頃、コピーライターブームというのが起こって、
糸井重里や中畑貴志や真木準や土屋耕一といった一流のコピーライターに
僕は憧憬のまなざしを注いでいた。
そんな僕だから、コピー(文章)を書くのは、まったく苦ではないのである。
むしろ、得意だ。
今から9年前。
とある介護用品の店がオープンすることになり、ネーミングの依頼があった。
締め切りも決まっていた。
そしてまったく同じ時期。
実は、僕には同じく締め切りが決まっていて、どうしてもネーミングしなければならない
“あるもの”を抱えていた。
娘の名前である。
僕は店の名前のネーミングを優先した(爆)
数日間(いや数週間だったかな?)とにかく、その店の名前の命名に集中した。
他の仕事をしている時も、食事中も、酒を飲んでいる時も、◯◯◯をしている時も、
ず~~~~っと、名前を考え続けた。
おかげで、いくつかの案の中から本命の名前が採用され、その店は僕がネーミングした
店名で、予定通りオープンした。
その店が、先日、閉店した
まぁ、店の寿命を考えれば、長生きしたほうではないか?と思う。
ちなみに、娘の名前は生まれる前から女の子と分かっていたので、
呼び名とか、大まかな部分は妻と一緒に事前に決めていた。
あとはどういう文字を当てはめるかということだけだった。
だから、後回しにしたんだけどね(笑)
でも、“字画”というものに四苦八苦して、“やっぱり、先に決めておけばよかった”
と少し後悔したことを、今こうやって日記を書きながら思い出した。
店は、閉店した。
僕の考えた店名は、もうどこにも残っていない。
店名を憶えていた人も、時間が経つにつれて、少しずつ、いなくなってゆくだろう。
でも娘は、生きている。
今日も元気いっぱいに、笑顔で生きている。
僕の仕事は、グラフィックデザイナーだ。
と言っても、田舎の広告代理店勤務のデザイナーなので、
どちらかと言うと「広告の制作」という日本語での表現の方が似合ってる気がする。
実際、制作に関わる色んな仕事をしてるしね。
パンフレットやポスターのデザインはもちろん、ロゴマークやロゴタイプのデザインと
いったものから、折込チラシや名刺、メンバーズカード、看板、パネル、シール・・ etc.
屋外サイン設置の時のセメント塗りや雑草除去なんてのもやった(笑)
そんな仕事の中に、“ネーミング”というものもある。
本来ならコピーライターがするべき仕事なのだが、地方の、しかも超地方のこの辺りで
“私はコピーライターです”と宣言して仕事をしている人は、僕が知っている限り皆無である。
昔、たしかにそういう人もいらっしゃったが、数年前に再会した時は、道路工事の警備員をされていた・・・
まぁ、そんな感じなので、コピーライティングは、デザイナーが兼務することが多いのである。
元々、僕はコピーライター志望でこの業界に入った。
10代の頃、コピーライターブームというのが起こって、
糸井重里や中畑貴志や真木準や土屋耕一といった一流のコピーライターに
僕は憧憬のまなざしを注いでいた。
そんな僕だから、コピー(文章)を書くのは、まったく苦ではないのである。
むしろ、得意だ。
今から9年前。
とある介護用品の店がオープンすることになり、ネーミングの依頼があった。
締め切りも決まっていた。
そしてまったく同じ時期。
実は、僕には同じく締め切りが決まっていて、どうしてもネーミングしなければならない
“あるもの”を抱えていた。
娘の名前である。
僕は店の名前のネーミングを優先した(爆)
数日間(いや数週間だったかな?)とにかく、その店の名前の命名に集中した。
他の仕事をしている時も、食事中も、酒を飲んでいる時も、◯◯◯をしている時も、
ず~~~~っと、名前を考え続けた。
おかげで、いくつかの案の中から本命の名前が採用され、その店は僕がネーミングした
店名で、予定通りオープンした。
その店が、先日、閉店した
まぁ、店の寿命を考えれば、長生きしたほうではないか?と思う。
ちなみに、娘の名前は生まれる前から女の子と分かっていたので、
呼び名とか、大まかな部分は妻と一緒に事前に決めていた。
あとはどういう文字を当てはめるかということだけだった。
だから、後回しにしたんだけどね(笑)
でも、“字画”というものに四苦八苦して、“やっぱり、先に決めておけばよかった”
と少し後悔したことを、今こうやって日記を書きながら思い出した。
店は、閉店した。
僕の考えた店名は、もうどこにも残っていない。
店名を憶えていた人も、時間が経つにつれて、少しずつ、いなくなってゆくだろう。
でも娘は、生きている。
今日も元気いっぱいに、笑顔で生きている。