rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

まさしく、天国に一番近い島!ニューカレドニア

2012-02-11 14:53:42 | 街たち
今日の”にじいろジーン 地球まるごと見聞録”、南太平洋に浮かぶ島ニューカレドニア。
今はまだ、フランスの海外領土になっている。
美しい海と穏やかな気候で、リゾートアイランドとして世界各国から観光客が訪れる。
本島のグランドテールの周りに無数の小島があり、中でもイル・デ・パン島の美しさは群を抜くという。
サンゴ礁に囲まれ、透明度の高い海は、スキューバダイビングやシュノーケリングを楽しむには、もってこい。
ユピ湾には、日本の宮城県松島のような、植物を頂いた岩が点在している。
また、海が隆起したサンゴ礁でで囲い込まれた自然プールのピッシンヌ・ナチュレルは、地上の楽園。
30年位前の映画に原田知世主演「天国にいちばん近い島」というのがある。
見たことはないけれど、当時の映画広告で使われていた風景は、一目で記憶に入り込んだ。
優しく清らかな砂浜の白と、際立つ透明感の空と海の青、この世ならぬ景色。
小学生の頃、なにかの旅行番組で見たフィリピンのセブ島の美しさも、素晴しいもので、熱いところが苦手な自分でも、ぜひ行ってみたいと強く思った。
南の島ベストワンはセブ島ぐらいに。
しかし、イル・デ・パン島は、セブ島を軽く凌いでしまったのだ。
湿度が高くなさそうなところも、高ポイント。
お気に入りの本を数冊持って、のんびり海を眺めながら一ヶ月は滞在したい。
そして、穏やかで美しい海に癒されて、海と空の色を、朝となく夜となく一日通して愛でるのだ。
そう、イル・デ・パン、直訳すると松の島、そのものずばりだ。

家人が学生の頃、フランス語を教えていたフランス人貴族の男性教授がいた。
その教授、希望する生徒を連れて、イル・デ・パン島に一ヶ月、フランス語集中講座をしにいったという。
何もない島だから、勉強に励むにはもってこいと、フランスの領土でフランス語を身近にできるとのことで。
30年も前だから、そうだったかもしれない。
家人は・・・南の島よりも重厚な歴史あるヨーロッパに憧れていたから、その講座に参加しなかったらしい。
今、イル・デ・パン島の美しさを知って、チョット残念な思いをしているような。

ニューカレドニア、イル・デ・パン島に、恋焦がれてしまった。
行きたいところは数あれど、南の島ではイル・デ・パン島に決まりだな。

アレキパ人と街の人は言う、ペルー:アレキパ

2012-02-11 00:35:18 | 街たち
「世界ふれあい街歩き」ペルー第2の都市アレキパ。
標高2330メートル、インカ帝国時代から栄えてきた街。
遠くに標高5822メートルのミスティ山を望むことができる。

アレキパの人は言う、自分はアレキパ人だと。
1821年からの、ペルー独立戦争時、アレキパも独立を宣言したことがある。
自分達の文化と街に、誇りを持っていたからだ。
アレキパ人は、働き者で優しく人情に厚く真面目、何よりも食いしん坊らしい。
”ピカンテリア”という、レストランよりも気軽な飲食店がある。
ピカンテとは、つまむの意味。
大皿に盛った、山海の幸をみなでつまんで食べるのだ。
地酒のトウモロコシを発酵させて作ったチチャをたくさん飲むために、いろいろな料理をつまみながら飲むことから、ピカンテリアが始まったとされる。
ピカンテリアには、大きなかまどと石でできた粉引きみたいなものが置いていないと、そこはまがい物だという。
ピカンテリアで味わえる郷土料理に、”ロコトレゼーノ”と”クイ”がある。
”ロコトレゼーノ”という料理は、大きな辛味のない赤唐辛子にひき肉を詰め、チーズなどをのせて焼いたもの。
”クイ”は、ネズミの丸揚げで、パリッとした皮が香ばしくて美味しいらしい。
ペルーの美食の街は、ダイナミックだ。
そして、街の中のみやげ物売りでは、アレキパ独立宣言を記念して作ったパスポートやお金を置いてある。

街の中心部は、16世紀のスペイン統治時代、スペイン人が祖国の地中海沿岸の街に似せて、白い火山岩で建物を造った。
アレキパ近郊で採れる石で、柔らかく加工しやすいのと、乾燥した土地にあっているためでもある。
またの名を「白亜の街アレキパ」。
500年前のスペイン統治次代の兵舎跡を、住居に改装して利用している。
歴史の中に住んでいる、アレキパの人。
今では、この火山岩で、ガーデニングのオブジェのような工芸品を作り売っている。

アレキパでは、まじないが人生に欠かせない。
街には、まじないの材料を売る店があり、まじない師はそこで材料を買い、訪れる街の人の祈祷をする。
まじないの材料は様々。
リャマの子供を乾燥させたものは、地鎮の効果を持つらしい。
インカの時代から、まじない師、シャーマンは、人々の生活に密接にかかわっているのだ。

この白い街並みある骨董屋の主人は、こう言った。
「骨董は、前の所有者の情念を宿している。」
「インカ時代、スペイン統治時代、いろいろあるが、アレキパはアレキパであり、それを誇りに思っている。
我々は、アレキパ人だ。」

幾たびの統治者の移り変わりを経験した街だからこそ、アレキパ人として自分達に誇りを持つのだろう。
アイデンティティーの確保。
統治者という波風が吹き荒れ過ぎても、地に根付いているのはここに生きる人たち。
幾世代にもわたって、毎日の、こつこつとした積み重ねが、伝統や文化を築く。
彼らは、環境が厳しいほど、植物が深く大地に根を張るように、自分達の営みを強く誇りにしてきた。
”アレキパ人”の一言に、全てが言い表されているのだ。