イスカ 真説邪気眼電波伝・11
『これで勇馬はわたしの下僕』
「墜ちないようにする」
不可能なことをさらりと言うと、西田さんはジェット機の方角に両手を差し出した。
なんか念力でも飛ばしそうな雰囲気なんだけど、んなことできるわけがない。
「さっさと下りようよ!」
「佐伯さんを助けたところ見ていたでしょ」
「え? あ、あれは……」
「現実にわたしがやったことよ。理解できないことを幻と決めつけるのは心が弱い証拠よ……」
「西田さん……」
西田さんは眉間に力を入れ歯を食いしばり、オレの呼びかけには応えない……ほ、本気で停めるつもりかよ!?
ジェット機は気づいたときの三倍くらいの大きさになって迫ってきている! さっきは聞こえなかった爆音が木霊してきた!
マジヤバいって!!
「ちっ……佐伯さんを助けるようにはいかないか」
昔の魔法少女アニメの主人公みたく踏ん張りの姿勢になるが、んなもんで墜落を止められるか! これはリアルなんだぞ!
「せめて、ここから降りよう!」
「力が足りない……背中を支えて!」
「え? あ、うん」
恐るおそる西田さんの背中に手をやる、両方の手の平が触れた途端、グッと体重を預けられ給水塔から落ちそうになる!
「踏ん張って! ああ……もう少し下の方! しっかり力を入れて!」
「う、うん!」
フニっとした感触……ここは背中じゃなくてお尻だよな?
なんか、こんなときにドギマギする自分が情けない。
「力を籠めてええええええ!」
グゴーーーーーーーー!!
ジェット機の轟音がマックスになり、同時に西田さんが叫んだが轟音にかき消され、手のひらを通じて振動が伝わるだけだ。
ほんのガキの頃、トラックに轢かれかけた記憶が蘇る。
チビっちゃいそーーー!
マックスと思った轟音はさらに大きくなり、もうダメだああああああ!
「……もう大丈夫よ」
まだ轟音は続いていたが、ジェット機は低空をお尻を見せながら遠ざかっていくところだった。
「いつまでつかんでるの」
「あ……!?」
オレは慌てて手を離した。
「あ、いや、ごめん。なんか鷲掴みにしちゃったかな……」
「降りるわよ」
「あ、ああ」
すごく疲れた様子の西田さんに続いてラッタルを下りていく。
屋上まで下りると、体育館や校舎からわらわらと人が出てくるところだった。さすがに墜落寸前のジェット機の爆音はみんなを驚かせたようで、目をやると学校の外でも人々が去り行くジェット機の方を見て指さしたり声高に喋ったりしている。
「佐伯さんのときは無かったことにできたんだけど、今回は無理ね……」
諦めたように上げた右手を下ろし、屋上のネットに身を預けるようにへたり込んでしまった。
「大丈夫、西田さん?」
「イスカよ……堕天使イスカ。この時空の堕天使たちの束ねにして暗黒魔王サタンの娘。西田幸子は、この仮初めの器の名……この結界は破られようとしている、護るためには勇馬の力が必要なの……」
「え、なに?」
わずかに顔を寄せると、ネクタイを掴んで引き寄せられた。
プチュ!
オレは十七年の人生で初めてのキスをしてしまった。いや、させられた!
「さ、佐伯さん……」
「ごめん、ちょっと強引だったけど、これで契約成立。これで勇馬はわたしの下僕だから……」
薄笑いを浮かべたかと思うとイスカ……西田さんは気を失ってしまった。
オレはいい奴だと思うよ。放っておくわけにもいかず、職員室に救けを呼びに行き、イスカを保健室に収容すると生活指導室で絞られてしまった。日ごろ鍵がかかっているはずの屋上、そこで彼女がフェンスに寄り掛かって気絶するまでなにをしていたのか!? ってな!