イスカ 真説邪気眼電波伝・09
『思い出した!』
それは西田さんだった。
ほら、三日前の白昼夢。
佐伯さんがクィーンオブナイトメアの衣装のまま屋上からダイブして、あわやの所で時間が停まったみたくなって助かった。
あんな不思議なことが現実に起こるわけはない。佐伯さんも、周りにいた生徒も、飛び降りる佐伯さんを発見して悲鳴を上げた女子テニスたちも平気な顔して通り過ぎて行った。堕天使みたいなやつが指揮者みたく手を振ったら、そうなったんだけど、信じらんねーだろ。時間が再起動みたく動き出したら、その堕天使は学校一番の地味子の西田さんでさ、後をつけたら、当たり前だけど西田さんでさ、まったくいつもの西田さんで、途中で見失って、オレはバグだと思ったよ。ベータ版のゲームでよくあるやつさ。ネトゲのやりすぎか、オレはそう思った。でも、リアルの世界がバグルなんてありえねーから、白昼夢だ幻想だ。って、そんな幻想を見てしまうこと自体ネトゲのやりすぎなんだ。
だって、生け垣の陰から雛壇上がってくる西田さんは、いつものように俯き加減でボブの横髪がタラーっと表情を隠して、眼鏡の奥はぜんぜん表情読めねーし、そーだよ、西田さんならオレ同様に文化祭の賑やかさなんて苦手だろうから、この雛壇で下校時間が来るのをまってたのさ。オレだって一応舞台は見届けたけど、スタンディングオベーションの晴れがましさには耐えられなくて、こうやって避難してきたんだからな。そうだよ、それが生け垣挟んだこっちと向こうに居たもんだから、さすがの西田さんも、なんだか嬉しくなって、そっと声をかけてきたんだ。
だったら、オレは、それに応えなきゃな。
引き籠り予備軍の地味人間が人に声をかけるなんて、とんでもないことなんだ。街の通りを下着姿で歩くくらいに勇気が要るんだ! この勇気には応えなくっちゃな!
「そういう思い込みする北斗勇馬君て好きよ……」
雛壇の一段下で顔を上げた西田さんは眼鏡を外して、そのまま雛壇を上がって来る。
オレはなんだか圧倒され、入れ違いに下りてしまい、雛壇の上と下が逆転してしまう。
「わたしのこと覚えてないかしら?」
「って……西田さんだろ」
グラウンド側から風が吹いて来て、雛壇のオレと西田さんを嬲っていく。風は校舎の壁にぶつかって不規則な気流となって一瞬暴風のようになって西田さんのスカートを舞い上げた。
刹那、至近距離で西田さんのパンツが見えてしまった……!!……驚いた、堕天使が穿いていそうな小さな黒パンではないか!?
「相変わらずのスケベぶり……でも、わたしの顔もちゃんと見たでしょ、勇馬はスケベだけの子じゃないから」
そう、パンツを見た1/10くらいの刹那の刹那、突風が西田さんの前髪を吹き上げ100%露わになった顔が見えた。
……中一の春までいっしょに遊んでいた年下の電波なやつがいた。
いつも「沈まれ我が腕(かいな)!」とか「もはや逢魔時、闇の眷属どもに地獄の糧を与える時間」とか「闇の啓示がおり下った、あの自販機のポーションが我らの魔力をリジェネするぞ!」とか、大そうで痛いことばっかり言ってた奴がいた。桜が蕾をほころばせるころに見かけなくなった隣町のそいつ……でも、そいつは籾井とかいう少年だったはず?
「わたしは正しく書いたのに勇馬が逆さまに読んだのだ」
思い出した!
ジャングルジムの四段目に足を絡めて逆さにぶら下がってガマン比べをやったんだ。頭に血が上って、気を紛らわすために「と、ところで、おまえ、な、名前はなんて言うんだ……」
「わたしは逆さになったまま、棒切れで地面に書いた……頭に血が上ってボーっとした勇馬は逆さまに読んだんだ」
か・す・い………い・す・か…………いすか?
残照を背中に受けて西田さんがニヤリと笑ったような気がした……。