イスカ 真説邪気眼電波伝・21
『創立百年の書庫』
うちの学校は創立百年を超えるらしい。
普段は、その無駄な古さを感じさせないのは、オレが生まれたころに校舎の建て替えが完了したからだろう。
校長室とか応接室とかに行けば歴史を感じさせるグッズっがいっぱいあるらしい。
歴代校長の、それだけで一クラス分くらいある肖像写真、半分くらいは油絵で、初代校長のはモナ・リザの絵のようにひび割れて、セピア色のクスミがあるらしい。他にも歴代部活の賞状やトロフィーとかもあるらしいが、ふだんオレタチが目にすることはない。
こんなところがあったのか……。
イスカに呼び出された昼休み、オレはため息をついた。
「五万冊もあるから、収まりきらないのはここに仕舞われてるの」
書架の陰からイスカが現れる。オレの方が先に着いたと思っていたから驚いた。
「な、なんだ、居たのか」
「古い本は百二十年前というのもあるわ……そういう本たちは、二人の気配を隠してくれる……ちょっと掴まってもいい?」
「え、あ……」
返事も待たずにオレの鼻先十センチのところまでやってきて、両手を揃えてオレの胸に当てる。
「あ、あの……」
このシュチエーション、エロゲだったら初〇ッチフラグが立つところだが、堕天使のイスカではありえねー。
「なに赤くなってんの、チャージに決まってるでしょ。ドラゴンとのバトルで消耗してしまって、こうやってないと倒れてしまいそうなの」
「ああ、あのドラゴンはボスクラスだったからな」
「あれは、ほんのザコよ」
「あ、あれが、ザコ!?」
「ええ、普段はアスティマの金魚鉢で飼われてるタツノオトシゴ。アスティマ自身も地獄の四天王の末席に過ぎない……ようは、いまの堕天使イスカの力は、その程度でしかないということ」
イスカは眼鏡を取って、一層接近しオレの胸に顔を埋めた。
シャンプーとかのいい匂いがして、イスカの体温なんかも感じてしまって、ちょっとヤバいぜ。
「………………」
「ごめん、時めかせてしまって……いまのわたし、立っているのもやっとなのよ……」
「あ、ああ……こうしていればいいんだな」
「うん……」
無意識に両手がワキワキしそうになるが、がんばって耐えた。
「今日はドラゴン一匹だったけど、これからは、もっとすごいのが頻繁に現れる……今朝はほんの十分ほどだったけど、これからは何時間、いえ、何日何か月も時間を止めて戦わなければならなくなる……むろん、この世界は時間が停まって、たとえ百年戦っても一秒にもならないけどね」
「オレって、ヒーラーなのか?」
「ネトゲのやりすぎ……でも、そう、勇馬は、わたしだけのジェネレーターよ」
「で、ここで話って?」
「あ、そうね……こっち来て」
イスカは、オレを書庫の中央に連れて行った。
書架は田の字型に配置されていて、中央に立つと四つのブロックが見渡せる。
「勇馬は書庫の通路が交わる、この真ん中なの。まだ理解できていないだろうけど、勇馬は複数の世界に足を突っ込んでいるの、その一つが、この堕天使イスカの世界。あとのいくつかは自分で探ってちょうだい」
そう言われて思い当たる、ここんとこ『幻想神殿』がちょっとおかしい……でも、あれは単なるネトゲだしな……。
「いずれは、勇馬自身が道を選ばなければならないけど……いまは、わたしの世界に居てちょうだい。この戦いに勝利するまで」
「え、あ……えと……」
「お願い」
「あ、う、うん」
「ごめんね、勇馬の流されやすい性格利用してるみたいで」
みたいじゃなくて、そうなんだけど……。
「ありがとう、じゃ、教室もどろうか……あ、匂い消しとくね」
イスカがオレの胸をワイプするように手を動かすと濃厚だった香りが消えた。
「元気がなくなると、こういう女の子らしいオーラが出てしまうの、気を付けるわ。じゃ、先に行くね」
回れ右をすると、スタスタと行ってしまった。
タイムラグをつくるつもりじゃなかったけど、数十秒遅れて書庫を出た。
廊下の角を曲がると、佐伯さんが居て、アレっというような顔をした。