イスカ 真説邪気眼電波伝・10
『じゃ、逃げよう!』
いすか? かすい? え? だって、あいつは男だったぞ?
いつも短パンにTシャツかトレーナーで、真っ黒になりながら走り回っていたじゃねーか。
オレは元来アウトドアな人間じゃねえ、公園に居ても、木陰のベンチに座って携帯ゲームでピコピコ遊んでいた。
そんなオレが、イッチョマエに飛んだり跳ねたり駆けまわったりできたのは籾井がいたからなんだぜ。じっさい籾井が居なくなって、オレは元のピコピコゲーマーに戻っちまったし、中学に入ってからは自他ともに認めるネトゲ厨になっちまった。
オレの人生で、健康な外遊び男子で居られたのは、籾井と遊んでた一年足らずの間しかなかったんだぜ。そんな健康男子のステータスを開いてくれた相手が女子なわけねーじゃねーか!
「勇馬が勝手に思い込んだだけ、わたしは自分から言ったことは無いぞ」
「え? でもカスイってのは、きちんと漢字の籾井だったぜ。いくら逆立ちしてたって、仮名を漢字に変換して覚えたりはしねえぞ」
「勇馬、小一のとき、となりが籾井って子だったでしょ、あなた無意識に変換して覚えてしまったのよ」
「え、え、そうなのか?」
その瞬間、西田さんの目が点になった。なにかに引っかかた顔だ。オレは焦った。オレはコミュ障なところがあって、ときどき不用意なことを口にして人の感情を害してしまうことがある。また、その口かと焦った。
「に、西田さん?」
「いっしょに来て!」
別に手を引っ張られたわけじゃないが、西田さんの声には抗いがたい力があって、彼女の言うがままに付いて走った。
ガチャリ!
いつも閉まっているはずの屋上ドアを開けると、西田さんはクルリと回って階段室のラッタルを上がっていく。
オレは顔を伏せながら続いた。見上げたら……悪いだろーが!
「え、まだ上がるの?」
西田さんは無言のまま貯水タンクのラッタルを上がる。見上げちまったけど、これは不可抗力だぜ。
給水タンクに立った西田さんは、スックと西の空を見上げている。秋の夕陽とは言え、太陽をまともには見られない。
「ヘーーックショ!」
派手なくしゃみが出る。ほら、うかつに太陽を見るとくしゃみになっちゃうじゃん。
「目をそらさないで……あそこ!」
西田さんが指差したのは、太陽から五度ほど上の空だ……両手で庇をこさえて、やっと見えた。
ジェット機が少し傾ぎながら飛んでくるところだ。
「ほっとくと、ここに墜ちてくる」
サラリととんでもないことを言う。オレの答えは簡単だ。
「じゃ、逃げよう!」
当たり前のことを言ったはずなんだけど、西田さんはジェット機を睨んだまま微動だにしなかった……。